128 天才ではない
巨大な岩がいくつも転がる荒野に、二つの人影がある。
言わずもがな、カズキとルタである。
二人は互いに向かい合うように相対している。
「まずは自分の姿をよぉく確認せい」
ルタが腕組みをしたまま、カズキに言い放つ。
相変わらずの意図を掴めぬ指示に、カズキは一度首を傾げる。
「どういうこと?」
「ええい、相変わらずいちいち疑問を差し挟むのぅ! 男なら黙って『えいや!』とやってみせい!!」
「それ昭和の価値観じゃん……」
カズキはルタには意味がわからないと知りつつも、言わずにはいられなかった。
「ごほん。うぬはここに辿り着くまでに、幾多の死闘を繰り広げてきたじゃろう」
「ああ、まぁ」
咳払いして切り替えた様子のルタが、滔々と語りだす。カズキは意図が理解できていないので、ふわっとした相槌を返すことしかできない。
「中には決して癒えぬ傷もある。それが右手、左眼じゃな」
「……ああ」
「今の右手に、何を思う?」
ルタの言葉を受け、カズキは改めて魂装の右手を見つめた。
今はもはやなんの意識もすることなく、元々の利き腕のように変幻自在に扱えているこの右手。魂力で成形されていることすら忘れるほど、カズキにとっては身体の一部となっていた。
この右手からはじまった魂力との共生の道も、今思えばだが悪いことばかりではなかった。
「左眼はどうじゃ?」
ルタの言葉に、カズキは右手から左眼へと向ける。
この左眼は、ジプロニカ王から受けた傷だ。しかしある意味、あの底知れない怒りを忘れないための聖痕とも言えた。
人はどこまでも、残酷になれる。
この左眼が疼く度、カズキはそれを思い出すことができた。
「ふむ……かなり大人になったの、カズキ」
ルタがどこか微笑むように、柔らかく言った。声もなくカズキは、頷いた。
周囲の魂力が揺れていた。
「おぬしが求めている魂装真名への覚醒には、主に二種類のパターンがあると言われておる」
真面目な声音で語り出したルタに、カズキは本題に入ったのだと自然と察する。耳を澄まし、姿勢を正して、ルタの一言一句を聞き逃さないよう集中した。
「自然に覚醒するパターンと、長い魂力との対話の果てに覚醒するパターンじゃの。言うなれば、天才型と努力型の二つ、ということじゃな」
「なんか元も子もないな……」
カズキはルタの語った真実に、がっくりと肩を落とす。
魂力に異常なまでに愛されていると形容され続けてきたカズキだが、魂装真名への自然覚醒だけは起きていない。ゆえに、カズキは自分自身が真名に覚醒するには、ルタの言う“努力型”としてのアプローチをするしかないのだと、言外に察してしまったからだった。
しかも今のカズキに残された時間は、もはや二日分程度しかない。
その限られた時間の中で、多大な時間を要するであろう“魂力と対話しての魂装真名習得”など、不可能に近いことなのだと自覚してしまった。
「カズキ、おぬしは魂力の総量や操作については、抜群の才覚を持っておった。しかし、じゃ。おそらく真名が自然覚醒することはない」
「……ああ」
自ら察したことを、さらに言語化して突き付けてくるルタ。
カズキはもはや、悔しさとやるせなさに歯を食いしばることしかできなかった。
「じゃが、今ここでおぬしに真名覚醒のためにする修行の型を伝授しておくことは可能じゃ。一度きちんとそれを習得しておけば、おぬしが地道に繰り返していくことで、いつの日か真名に目覚めることができるであろう」
ルタは指を立てて、得意げに語る。カズキはルタのその仕草に、久しぶりの感覚を思い出していた。
まるで、山に飛ばされたばかりの頃、魂装の修行をつけてもらっていた頃のようだ――カズキはふと、少しだけ穏やかな心地になった。
「よし、でははじめるとするかの」
ゴキ、ゴキと骨を鳴らしながら、ルタがストレッチをはじめる。どうやらルタも身体を動かすつもりのようだ。
「カズキよ。強くなりたいか?」
「ああ。そのためなら、なんでもござれだ」
おもむろにファイティングポーズを取ったルタに問われ、カズキは応える。
返答を聞いたルタは「ふむ」と言葉を咀嚼するように、何度か頷いた。
「それならば――魂力を完全に止めい」
「……は?」
ルタから語られた修行の条件は、これまでとはまるっきり正反対のものだった。
一瞬、カズキの脳が思考停止する。
「それでわしの猛攻に耐え切るのが、今できる“最善の真名への修行”なのじゃ……いくぞ!」
「ッ!?」
弾丸のように突進してきたルタが、準備などお構いなしに、カズキの死角である左頬へと渾身の右ストレートをぶち込んできた。カズキの脳が激しく揺れ、視界が白く揺らぐ。
「魂力で防御をするな! 完全に止めろ!!」
ルタから叱責に近い声が飛ぶ。
カズキの思考はまだ状況を飲み込めない。
「ルタ、でも魂力を止めるってことは、右手も、左眼も使えないってことに……」
「そう言っておるのじゃ!!」
再び突っ込んできたルタが、またも死角の左側から攻撃を加えてくる。
カズキは咄嗟に左半身の筋力や防御力を高めようと、魂力を操作した。
が。
「それをやめろと言っておる!」
「ぐ……!」
強烈な回し蹴りが、カズキの左脇腹にのめり込む。またも魂力によって致命傷は免れたが、もしそうしていなかったら……カズキはそんな思考を抱き、わずかに背筋を震わせた。そこはかとない恐怖心を自覚し、間合いと取ろうとバックステップする。
「そのままでは、一向に真名には覚醒せんぞ、カズキ!」
「んなこと、言われても!」
素早い動きで、一瞬で間合いを詰めるルタ。繰り出される乱打をなんとか受け流すカズキ。
「せいやっ!!」
「ぐはっ」
防御が追い付かず、鳩尾に一撃を受けるカズキ。続く猛攻に飲まれぬために、魂力を使って筋力を上げ、大きく後ろに飛ぶ。
拳を受け、カズキはあることに気づく。
ルタの強さが――段違いなのだ。
しかも魂力での身体強化など、今は一切していない。いつもの幼女姿のまま、とてつもない力を発揮しているのだ。
「早く対応せぬと、時間がなくなるぞ、カズキよ。やると言ったのはおぬしじゃろうが」
どこか煽るように、得意げに。ルタは言い放つ。
周囲には金色の魂力が漂い、まるで闘気を纏った武神のように感じられた。
「さぁ、覚悟を決めよ、カズキ。真名の習得のために、自らの魂力を止めるのじゃ」
威圧感すら漂わせるルタの態度に、カズキのこめかみを冷や汗が流れ落ちる。
吹き抜ける風が、やけに湿って感じられた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




