125 最強の最後
曇天の空の下、乾いた風が吹き荒れる、殺風景な大地。
そこに突如として、激しい発光が起こる。
眩い光が引いていくと、カズキら六名の姿が現れた。
魂装道具による、瞬間移動である。
「エド、しっかりして!!」
エルドラークを抱いていたアルアが、腹部を押えたままで叫ぶ。手は血に染まっており、エルドラークの出血量の多さを物語っていた。カズキはダメージで朦朧とする意識の中で、エルドラークの無事を祈った。
「カズキ! 大丈夫か!?」
カズキを抱えるように支えてくれていたルタが、切羽詰まった声を上げる。
「俺は、大丈夫、だ……だから、エドワルドと、シャックを……」
精一杯の力を振り絞り、カズキは言葉を返した。
元はと言えば、分断の壁にハイレザー・ハイディーンという化物を招いてしまったのは自分が原因だ。それなのに、なんの責任を取ることもできず逃げ延びてしまった――そんな自責がカズキの心内には渦巻いていた。自分を優先することなど、当然のように考えていない。
「エド、起きなさいよ、エド!!」
「アルアさん! わたしが回復を試みます、どいてください!!」
出血の止まらないエルドラークを治療しようとルフィアが駆け寄る。エルドラークの身体に縋りついているアルアをなんとか引き剥がして、ルフィアはフシン直伝の回復術を施していく。ぼんやりと、エルドラークの身体がルフィアの魂力によって薄緑色に光り出す。
「うぅ……」
「エド!!」
意識が戻ったらしいエルドラークが、低く呻く。なんとか、息を吹き返したようだった。
「ルフィアちゃん、オレより……シャック、を……」
「で、でも!」
「いい、から……」
医療に精通しているわけではないカズキの目からは、エルドラークとシャックのどちらの方が重体なのかはまるで判断ができなかった。しかし、両者ともに致命傷と言える傷を受けているのは間違いなく、早急な対処が必要なのは明らかだった。
刻一刻と二人の“命の期限”が近づいているように感じられ、気持ちが焦るばかりだった。
「オレは、もう…………たぶん無理だ。シャックを、生かしてやってくれ」
「ッ!!」
「くっそ……オレ、最強、なのによ……へへ」
自らの状態を悲観するのではなく、エルドラークはむしろ冗談めかして笑い飛ばした。
「そんなわけ……そんなわけないでしょ、エド! あんたらしくもないッ!!」
エルドラークの言葉に対して、アルアが切実な声を上げる。
カズキはダメージでその場から動けないが、エルドラークとアルアのやり取りを聞きながら、なんとか声を出そうと腹に力を込める。
「エドワルド……弱気なこと、言わないで、くれ」
「カズキ……わりぃ、な。お前とも、もう少し、飲みたかったが……」
いつもの豪胆な態度とは変わり、弱気な言葉を並べているエルドラーク。その態度にカズキの心には不安と焦燥が巻き起こる。
「頼むよ、エド。まだ、死ぬな……」
あのエドワルド・エルドラークが、そう簡単に死ぬことなんてありえない――根拠もなにもない、赤子の駄々のような祈りを抱くことしか、今のカズキにできることはなかった。
「傷が、塞がったのに……血が、止まらない……!」
「内臓がいくつか、ダメになってる……無理、なんだ。いい加減……わかれ」
まだ治療を続けようと手を伸ばすルフィアの額を、冷や汗が流れ落ちる。やけに落ち着いた様子のエルドラークが、その手を払いのけようとする。しかし力が入っておらず、ルフィアの手を動かすには至らない。
同じく傍にいるアルアも退けようとするが、力及ばず手を握り返される。
「アンタね、本気で死んだりしたら、許さないからねッ!?」
「へへ……手厳しいな」
いついかなる時でも余裕を感じさせる態度だった魔族たちが、切羽詰まった声で必死に言葉を交わしている。アルアの目には、涙すら浮かんでいる。
カズキの胸の奥が、その光景によってきつく締めあげられる。
全身の傷が、ジクジクと痛む。
「血が、足りねぇや……視界も、かすんできやがった…………おい、カズキ、聞こえて、るか?」
エルドラークの呼びかけに合わせて、カズキは這いずるようにして動き出す。
「カズキ! よせ、おぬしも重傷なんじゃぞ!?」
「ルタ、たの、む。行かせて、くれ……」
止めようと自分の身体に縋りついてきたルタを制し、カズキは這ってエルドラークの隣へと進む。その身体を近くで見ると、出血のひどさがありありと思い知らされ、喉の奥が詰まるような感覚に襲われた。
「カズキ……ルタ、とか、魔族、とか……色々と、頼む、な……?」
「エドワルド、それは俺じゃなく、あんたが……」
「頼む、な……? コイツも、シャックも、なんだかんだ、で、オレがいねぇと、寂しがるから、よ……お前、かまって、やって、くれ……」
エルドラークの一言一言が、頼りなく、小さくなっていく。
それをなんとか拾い上げようと、カズキは懸命に耳を傾ける。
隣では、もはや嗚咽をこらえることができなくなったアルアが、エルドラークの身体に縋りつくようにして泣き崩れた。
「お前に、会えて、よか、った……」
エルドラークの瞼が、ゆっくりと閉じていく。繋いでいた手が脱力し、地に落ちる。
「エドワルド……エドワルドォォ…………っ!!」
その日。
魔族の王、エドワルド・エルドラークが死んだ。
灰色の空からは、涙のような雨が降り出した。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




