123 絶望の一瞬
大会議室の壁に、背を預けて座り込んだカズキ。
ハイディーンの魂装真名によって時が止まってから、いったいどれだけの“トキ”が流れたのだろう。相変わらず、カズキらとハイディーン以外の時間は停止したままだった。
「ふあ……」
目線の先で、ルタが大欠伸をする。ルフィアもつられたのか、口元を押えるようにして隠した。変わらない状況に、二人とも緊張感を失いつつある。
手詰まり。
今の自分たちの状況を表すなら、その言葉しかないのだろうとカズキは感じていた。
「…………」
カズキは視線を、床に転がされているハイディーンへと向ける。
一度いやらしく嗤って以来、不気味なほどに静かにしている。ハイデュテッドの王として屈辱を感じているのは明らかだが、どこか余裕のあるその態度にカズキは警戒心を解くことができずにいた。
しかしだとしても、この状況を打破する手は今のところなかった。
怒りの表情を浮かべたまま固まっている魔族の三人、エルドラーク、シャック、アルアを見ると、なんとかしなければという感情が心をかき乱してくる。ハイデュテッド側の側近二名は無表情に固まっている。
ある程度の時間が経てば、自然と動き出さないものだろうか――カズキの頭の中には、そんな甘い考えが浮かんできていた。
「念のため言っておくが、私が解除しない限り、時間停止は終わらない」
「っ!」
カズキの思考を読んだかのように、ハイディーンがひとりでに語り出した。
やはり、そんな都合の良い展開とはならないようだった。今の膠着した状況を脱するには、いったいどうすれば……カズキは頭を掻きむしるようにして、焦りやもどかしさと言った心の雑念をかき消した。
「……挑発には乗らないぞ」
「くく、そうか」
ハイディーンの言葉を冷静に受け止め、カズキは努めて平坦な声音で言い返した。
ここで下手に動いてしまえば、ハイディーンの思う壺だろう。こうなったら持久戦だ――カズキは再び深呼吸し、腹を決めるように腕組みをした。
が。
ぐぎゅるるるるるぅぅぅ…………。
「あ」「え」「う……」
なんと、カズキ、ルタ、ルフィアの三人の腹の虫が同時に鳴いたのだった。
それぞれが照れや恥ずかしさを抑え込むように、顔を掻いたり髪をいじったりしている。さすがのルタも状況が状況のためか、バツが悪そうに頭を掻いた。
「食堂の方からなにか取ってくるか」
カズキは言い、ルタとルフィアに目配せした。二人はどこか申し訳なさそうに黙って頷きを返した。それにカズキはハンドサインで「了解」と表し、壁から立ち上がって出入口の大扉へと向かう。
その際、床に転がされているハイディーンの様子を確認してから、大会議室を出ようと考えたカズキ。見ると、身じろぎのせいか生命線である目隠しが少し緩んでいるように見受けられた。
目隠しをきつく結び直そうと、ハイディーンの背後側から近づく。ハイディーンは後ろ手に縛られ、両足も足首の部分を縄で拘束されている。
「…………」
カズキは慎重に、ハイディーンの視界を絶対に開放しないよう、布を強く引っ張りながら結び目を直そうと試みた。実際、ハイディーンは時間停止の際に手を横なぎにするような仕草をした。あれが真名発動のための行動であれば、両手を縛られている現状は二重に対策ができているはず。
しかし。
「甘い」
「しまっ――」
一瞬。
ハイディーンが頭を捻り、目元の布がずれ片目が現れる。光を得たハイディーンの顔は、悦に満ち満ちていた。まさか、手を使わずとも真名を使えるのでは――カズキは絶望的な気分に全身を震わせながら、反射でその目を覆おうと手を伸ばした。
が。
次の瞬きの刹那。
カズキの目に映っていたのは――――ハイディーンによって腹を貫かれているエルドラークの姿だった。
「が、は……っ?」
エルドラークの口元から、どろりと一筋血が流れた。
状況を飲み込んだ全員が、思い思いに息をのむ。
そう、ハイディーンははじめて“能力”に覚醒した幼い頃、手を使わずとも時間を停止させていたのだ。
この暇の間に、彼はそのときの感覚を思い出していたのだった。
凍り付いた時の中で唯一、エルドラークの腹に剣を突き立てたハイディーンだけが、カズキの方を向いて余裕の笑みを見せた。
決して戻れない“時間”が、カズキたちの目の前に横たわっていたのだった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




