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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第四章 ハイデュテッド侵攻編

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122 ハイディーンの死角


 ハイディーンは立ち止まり、停止したエルドラークと正対した。


 魔族の王はスーツのような衣服を着崩し、威風堂々としたオーラを放っている。襟元から覗く浅黒い肌には、人間では解読できないような象形文字が走っている。


 従えた部下の二名も、口元に巨大な牙を生やした者と、頭頂部に角を生やし人間離れした妖艶な肉体を持つ者。人の常識からは外れた容姿を誇っていた。


 否応なく、ハイディーンの好奇心は刺激された。

 魂力チャクラが揺れ、魂装武器カルマ・ウェポンきらめく。



 魔族の腹を――裂いてやる。



「っ!」


 しかし、その目論見は一瞬の出来事により頓挫とんざする。


「覚悟しろ、ハイディーン!」


 ハイディーンは突然、背後から何者かによって攻撃を加えられ、視界を布によって遮られてしまった。さらに、縄で手足を拘束された上、床に転がされる。


 常に自分だけが自由を謳歌する環境下で自在に振る舞って来たハイディーンは、当然反撃に遭ったこともない。それゆえに自らの防御を磨いたことなどなく、今回のような不測の事態においては、成す術なく無力化されてしまった。

 目隠しによって暗闇に染まった視界の中で、ハイディーンは経験したことのない屈辱に全身を震わせる。


 このハイレザー・ハイディーン、神に等しき存在を地に伏せ、愚弄するとは――絶対に殺す。ハイディーンの身体は怒りによって小刻みに震えていた。


「殺すぞ……私を辱めた罪で」


「言ってろ。もうお前に魂装真名カルマ・ヴェーダは使わせない」


 目隠しの向こう、少し幼さの残る少年の声が耳朶を打つ。

 ハイディーンはここに来てようやく、自らの能力に“死角”があったことを思い出した。


 ハラワタからのぼせ上がるような怒りが沸々と湧き続けているが、ハイディーンは静かに思案を巡らせる。支配者ルーラーたるもの、愚民のささやかな戯れに付き合ってやることも必要だ。そんな感情を心の内にこさえ、なんとか激情を抑え込む。


「拘束したはいいが……この時間停止、どうやって解除するのじゃ?」


 若い男の声とは別に、しわがれた老婆のようでありながら、同時に子供っぽさのある甘い声のような、形容しがたい不思議な声が聞こえてくる。


「確かに……このままじゃ、わたしたちも動きようがないですね」


 続いて、やけに美しい声が紡がれる。

 敵は三人いる――ハイディーンは現状把握に努めた。


「でも、こいつの目隠しを外すわけにはいかないしな。どうするか」


 再び、若い男が苦虫を噛み潰したように言う。

 ふん、大いに悩むがいい。私が止めた時間を再び動かせるのは、私だけなのだから――ハイディーンは視界を奪われたまま、口角を吊り上げた。


「こいつ……嗤ってやがる」


 若い男が、ハイディーンの表情に気づいて言う。声にはさらに、苦渋といった感情が色濃くなっていた。


「おい、そのままで時間停止の魂装真名カルマ・ヴェーダ、解除できないのか?」


 焦りの滲んだ声で言いながら、男がハイディーンの肩を揺さぶってくる。ハイディーンは滑稽な奴らだと心底から思いながら、首を横に振った。


 ハイディーンはこれまで、視界を奪われた状況で魂装真名を使用したことはなかった。事実ハイディーンは武具を出現させる魂装カルマよりも、超常的な異能である魂装真名を発現させる方が先だったという稀有な人間である。

 そのため、本来は手が自由でさえあれば『時の停止と始動』を実行することは可能だ。しかし能力発動のトリガーとなる両手を拘束されている現状では、時間を始動させることは不可能だと言えた。


 だが、ハイディーンに焦りはなかった。


 なによりもハイディーンは、停止した時の中で過ごすことがごくごく当たり前となっていたからだ。時が止まっている空間の中では、物音も身動きもなにもない。生き物の温もりすらも停止する。そんな空間の中では、本来人間は心細さや不快感を覚え、長時間身を浸そうものなら心を壊してしまうことだろう。だからこそ、目隠しの向こうの男たちがやけに焦りを見せているのだ。


 しかし、ハイディーンだけは違う。


 地獄のような場所で生まれ育ち、死ぬよりも日々生きることの方が過酷な環境で育ったハイディーンにとって、止まった時のもたらす静寂は、心の安寧をもたらしてくれるものだった。


 それに馴れ親しみ続けた彼にとっては、この状況は一切苦ではないのだった。

 当然、手足の拘束などは不愉快極まりないものだったが。


「…………」


 ハイディーンは冷静に、反撃の時を待つことにした。

 時間は、止まっている。いくらでも待つことができる。

 間違いなく先に音を上げるのは、奴等だ――そんな確信を抱いたハイディーンは、ただ静かに呼吸を繰り返していた。


 この私を辱めた連中を、必ずいたぶって殺してやる――その時の情景を暗闇の中に思い描きながら、ハイディーンは自分の呼吸音に耳を澄ませた。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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