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無能勇者の復讐譚 ~異世界で捨てられた少年は反逆を誓う~  作者: 葵 咲九
第四章 ハイデュテッド侵攻編

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121 ハイディーンの真名、発動


 彼が視界の中で認識する全てが、停止していた。


 右手に握った魂装カルマの剣をゆらりと閃かせながら、ハイレザー・ハイディーンは会議室をゆったりと歩く。眼前には、鬼の形相のまま制止した魔族の王エドワルド・エルドラークが立っている。


 自分以外のあらゆるものが止まった空間の中で、ハイディーンは思案する。

 魔族の王は、どう殺すのが美しいのか。


 今まで何万と人間の腹は裂いてきたが、魔族を殺すのははじめてだ。果たして、人間と同じように腹を裂けば死ぬのか、それとも首を飛ばさねばならないのか。もしかしたらそれでも死なずに生きているのか。


 ハイディーンは小太刀程度の大きさをした魂装武器カルマ・ウェポンを翻して弄びながら、様々な妄想を繰り広げる。分断のここに来るまでに、彼はそうして何度も何度も想像したのだった。

 どうすれば、美しく魔族の命を散らすことができるのか。

 何度もそうしているうちに、ハイディーンは魔族を殺す方法を考えるだけでも、ゾクゾクとした高揚感が全身を震わせるまでになっていた。


 魔族の身体には、どんな血が流れているのか。

 魔族の体内には、どんな形の臓物がひしめき合っているのか。

 魔族の表情には、どんな色で死の美しさが現れてくれるのか。


 それらに思考を巡らせるだけで、胸の奥底の魂が震え、全身にその震えが伝播していく。半ば半狂乱のような、理屈では説明できない恍惚に身をゆだねながら、部屋をそぞろ歩いた。


 少しして、ハイディーンは気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。


「……さて」


 ハイディーンは呟くと、魂装で出現させた剣を魂力チャクラの調整によって小型に変化させた。小太刀から小刀程度の大きさになった刃先を指先でなぞり、噴き出した血を自ら舐めとる。


 舌なめずりするその顔は、捕食者としての蛇を思わせる。

 今の彼を突き動かすのは、人類を導こうなどという高尚な目的でも、人を正そうなどという高雅の想いでもない。


 魔族はどう殺すのが美しいのか、という殺戮衝動――いわば、血塗られた好奇心だけだった。


「まずは腹を裂いてみるか」


 今刃物を突き立てれば、この身体中を埋め尽くす好奇心を鎮めることができる。

 ハイディーンは今にも興奮で震えだしそうな右手で刃を握り直し、エルドラークの腹に刺し入れんと、力を込めた。


 若々しく整った彼の顔が、愉悦に歪んだ。




    †    †    †    †




「ルタ、ルフィア、離せ」


「いいや、離さん」「離しませんっ」


 会議室の片隅、大きな木箱の中に身を潜めていたカズキ、ルタ、ルフィアの三人は、揉み合いになっていた。


 なんの前触れもなく、室内のあらゆるものが停止してしまった。それらを視認したカズキたちは慌てふためいたが、なんとか誰にも気付かれずに平静を取り戻すことができた。


 しかし、完全に時間が止まったかのように固まったままのエルドラーク、アルア、シャックたちを値踏みするように一人歩き出したハイディーンを見て、ことの重大さを悟る。

 言わばこの“時間停止”と表現できる超常的な現象が、ハイディーンの手によって引き起こされていることを理解してしまったカズキは、彼を止めなければ魔族の三人が殺されると思い、今まさに箱を飛び出さんとしているのだった。


 だが、時間を止めることができる者の前に飛び出したところで、すぐに再び時を停止され、刃の錆にされることは明白だ。ゆえに冷静さを取り戻したルタとルフィアが、必死にカズキの肩を掴み押し留めているという状況だった。


「よく考えろ、カズキ。今出て行けば、ここに隠れた意味は全てなくなるっ」


「わたしたちも停止され、殺されて終わりです! 耐えて、耐えてカズキさん!」


 懸命に訴えるルタとルフィアの声が木箱の中に満ちる。

 それでもカズキの身体は止まらない。


「エルドラーク達が殺されたら、俺のせいだろ。時間を止めるなんて、あんな化物をここに呼んじまったのは、俺の提案なんだから……っ」


 唇の端が切れるまで、カズキは歯を食いしばる。

 ルタとルフィアが言っていることもわかる。わかっているつもりだ。

 だけどここで出て行かなかったら、それはこの世界で得た一番大切なモノを見捨てるということに他ならない。


 カズキは理知的にそんな選択をしてしまうほど、大人になったつもりはなかった。


「冷静に機を窺うのじゃ、カズキ。わしらがこうして自由に動いていることを考えれば、奴の能力は“視界の中で認識した事象すべて”にのみ発動するのは明白じゃ。ならば、ヤツの視界の外から狙えるタイミングが必ず来る。その時を狙うのじゃ」


 腰に両腕を回すようにして、なんとかカズキの身体を制止しているルタが言う。

 だが、カズキは理解していた。


 ハイディーンから自分たちが死角になる瞬間は、エルドラークが突き刺される瞬間だけだ、と。


 もしその一撃が致命傷になってしまえば、後悔してもしきれないのは明らかだ。ゆえにカズキは、ここを出てハイレザーを止めなければならないと気持ちが逸っているのだった。


「カズキさん、わたしがすぐに対応できれば、一度の刺突程度なら致命傷にはなりえません。それ以上に絶対に避けなければならないのは、わたしたち全員が時間停止に囚われて全滅してしまうことです」


 カズキの肩を掴むルフィアも、なんとかカズキを止めようと囁く。

 しかしカズキの衝動は収まらない。


「ダメだろ、エドワルドを囮にするような真似は。俺が魂力で身体強化して全速力で飛び出して一撃で仕留めればいい」


「なればこそ、じゃ。エドワルドの奴に、あのいけ好かん男の刃が伸びた瞬間におぬしが飛び出せばいい。そしてすぐにルフィアが回復するというのが、今できる最善手じゃ。だからこそ、ここにいる三人全員が、阿吽の呼吸でタイミングを合わせる必要があるのじゃ」


「そうです。カズキさん一人で飛び込んでしまったら、全員結局はやられます。デーモニアもお終いです」


「…………くっそ!」


 カズキはようやく、全身の強張った筋肉から脱力した。

 納得はいかなかったが、仕方ない。冷静なルタとルフィアの状況判断と作戦に、自分は身をゆだねるしかないと考えた。なぜならそれは、自分が一番この場で冷静さを欠いているのは火を見るよりも明らかだったからである。


 カズキは深く深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。


「…………わかった。俺たちでタイミングを合わせて、奴を――ハイレザー・ハイディーンを仕留めよう」


 深呼吸の後、カズキは努めて静かに言った。

 ルタとルフィアが、同時に小さく頷いてくれた。


 三人の目線が、箱の向こう――ハイディーンへと集約した。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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