116 王の視点⑦ 決定的一手
破竹の勢いで戦場での勝利を重ねていたハイデュテッドは、近隣諸国で一番の勢力図を誇っていた国に対し、宣戦布告を行った。
その国を取れば、ハイデュテッドは一躍世界の覇権を争える大国となれる。
国家にとって転換点ともなる栄えある戦場に、一将校として王子二名も参戦することが決まっていた。次男に至っては、初陣となる。
開戦前の目測では、相手戦力は五倍以上とのことだった。
私が城内の政治においてそうなるよう、様々な手練手管を使って仕向けたとは言え、ハイデュテッドの国としての判断は、無策無謀と言わざるを得ないものだった。
勝利の余韻と興奮に浸っているときの人間ほど、御しやすい者もいない。
そうして、無知無能極まりない宣戦布告のすぐあとに、開戦の火蓋が切って落とされた。
戦場は、これまでにないほどの凄惨さと、混乱の様相を呈した。
当然の帰結だった。私がいなければハイデュテッドただの小国家であり、本来であれば瞬きをする間に蹂躙されてしまうような弱小国なのだから。
私は魂装によって出現させた片手剣と盾で、幾重にも襲い掛かる敵兵どもを受け流していた。すでに私が率いていた師団の連中は全滅し、私がたった一人、戦線を押し留めているという状態だった。
予想外の苦戦――というわけでは、決してない。
この戦況を見て、私が敵軍の状況すらも利用して、自軍の者たちにまで心理戦を強いているなどとは、誰一人として思い至ることはないだろう。
私の単騎での善戦を、お人好しのハイデュテッド王が放っておくはずもない。
しかしどこの前線も火の車状態であったハイデュテッド軍には、送る援軍もあるはずがない。
その時、ある程度の戦力と状態を維持できていたのは、本陣近くに待機していた王子二人の部隊のみだった。
王自身は派遣を渋ったようだったが、そこは王子らが自ら願い出たらしい。
自分を行かせてくれ、と。私の策略通りだとも知らずに。
戦いに出た男は当然、武勲を求め、誇りを燃やすことを欲する。
そこに知能と理性から導き出される冷静な判断など、存在し得ない。
私の思惑通り、王子の率いる部隊が援軍としてやってきた。
勇んで、私を取り囲む敵兵たちへと攻撃を加える王子ら。勇敢な行為に私は、魂が打ち震えた――ような表情を作る。
一瞬、戦線はこちらが有利に押し上げられるが、所詮は刹那的な勢いが反映されたに過ぎない。
元々の多大な戦力差を埋めるには至らず、王子二名を巻き込んでそのまま乱戦となり、敵の圧倒的な戦力によってジリジリと押され始める。
王子らも生傷を増やし、王族であるという意地でのみ剣を振るっているような状態だった。
私は相変わらず、たった一人で敵兵十数名を引き受けていた。
機は熟した。
私は悟り、魂装の剣を薙ぐ。そうして、戦場全体の時間を停止させた。
手近な位置にいた敵兵の長槍を、第一王子の胸元へ向けて突き刺す。
血濡れた刃が、豪奢な王子の鎧を汚す。
同じように第二皇子へも、敵兵の刃を身体深くに沈めていく。血がじくりと切っ先から滴る。
私は一人で十数名の敵兵を引きつけた状態のまま、盾で空気を撫でた。
「ウオオオォォォォォォ!!」
男たちの慟哭が、再び戦場に木霊する。
「王子!!」
次いで聞こえてきたのは、数少ない味方の悲鳴だった。
私は振り返り、王子両名の状況を把握する。
「ハイデュテッドに、栄光あれっ!!」
叫び、憎悪を漲らせ、敵陣へと突貫していく――様を、演出した。
眼前の敵を容赦なく薙ぎ倒し、鬼神の如き暴力で戦場を制圧していく。
命を賭した突撃――私のこの進撃は、後にハイデュテッドでそう表現された。
私の背中を兵士らに目撃させたことで、そんな噂が広まった。
そこからは私はいつも通り、時を止め、斬りつけ、蹂躙し、敵軍を壊滅状態にまで追いつめた。
この戦いを境に、私はハイデュテッドの真の英雄として、名を馳せることとなった。
圧倒的な戦力差をひっくり返された形の敵国は、慌てて講和を提案してきた。
しかし王子二名を失った王と国民の悲しみは怒りに変わり、絶対にこのままでは終わらせないという気概を生んだ。
急先鋒として、以後の戦いにおいても多大な勝利をもたらしていった私は、ついに。
ハイデュテッド王に請われ、養子となることとなった。
そう――王位が私の手中に、転がり込んできたのだった。
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