115 王の視点⑥ 権力の無自覚な傲慢
私の住居は王城へと移った。
街の裏側、陽の当たらない場所で過ごしていた私が、小規模とは言えついに王城の、その一室を手にしたのだ。広々とした自室だけでなく、数名の給仕者を侍らせることにもなった。
他人から見れば生活が一変し、人が変わったかのようにも感じられたことだろう。
しかし私がすべきことは、はじめて雑兵の腹に刃を突き立てたあの日から、なに一つ変わっていない。
権力の中枢、王の懐へと入ったことで、期せずして、さらに人間の醜さと無能さを知ることとなった。
私のいた街の端では食料がなく、着る物もなく、住む場所もなく、生命の灯が消えるまでただ呼吸をしているだけの、生ける屍のような者が多数いた。
だというのに、王宮では大量の食品の廃棄が出ているうえ、無駄としか表現しようのない装飾用の布や、使用用途すら不明の空き部屋が、いくつもいくつも存在していた。
それらの内の一つでも民に分け与えたなら、間違いなく十以上の生命がその日を生きれるであろうにも関わらず、だ。
立場のある人間が自らの権威を示したいがために、簡単に生命を生き永らえさせることができるこれらの事物を、理由なく独占し、その罪悪にすら無自覚なまま、ただただ際限なく持て余している。
人間の肥大化したエゴは、なによりも醜い。
「神のご加護があらんことを」
城の廊下ですれ違った、王の助言者として城に住まう司教が、身の毛もよだつ挨拶をのたまう。
奴はその口で民衆に生命の重要さと、人は清廉に生きるべきとご高説を説いて回る。
そして同じ口で、醜く動物の肉を喰らい、飽きると捨てるのだ。
命を敬えと言いながら、命そのものであり、人の命を救う食物を、あたかも塵屑のように扱う。
私は人間の無自覚な傲慢さ、醜さと生物としての矛盾に、常に吐き気を感じていた。
この頃には私自身、空腹に苛まれるということはなくなっていたが、それでも幼少期の原初体験がなくなるわけではない。食物の貴重さがわからない人間は、間違いなく悪だ。
王城には大した人数がいないにも関わらず、毎夜、豪勢に彩られた食事の数々が巨大な食卓テーブルを満たしていく。その中の一品、二品だけでも民衆の手元に届くならば、我が身可愛さに我が子を売ることも、汚水を啜って腹を壊しながら飢えを凌ぐこともないだろうに。
こんなことすら理解できぬ者どもが、賢王、ましてや支配階級に見合う生物などであるはずがない。
国民の置かれた状況も把握できておらず、満たされる以上の食事を並べさせては捨てさせて、人の必要とする食物を無駄にし続けているなど、極めて迂愚な無能としか言いようがない。
一刻も早く、私が王位につかなければ。
数日の生活で、すぐに私はそう思い至った。
しかし、近衛兵長である私が王となるには、王位継承権を宙に浮かせる必要があった。
現在のハイデュテッド王には、三人の子がいた。
嫡男は成人を間近に控えており、次の王として着々と基盤を築き始めていた。
次子も年齢が近く、二人は切磋琢磨して順調に次代のハイデュテッドを担う者として、日々研鑽を積んでいる様子だった。
三人目のお子は、まだ幼く、ようやく言葉を話はじめたところだ。
「…………」
全員を殺せば自ずと継承権は空となり、王が信を置くこの私にも機会が巡って来るか……私は思考を巡らせ、王位への青写真を空想した。
次なる一歩は、まさに王位へと続くその一歩目。
私は万全を期して、その瞬間を待ちわびていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




