109 慎重を要する
「カズキ、お前らだけでは行かせねーぞ。行くなら、オレも一緒が条件だ」
突如、分断の壁の櫓に現れた魔族の長、エドワルド・エルドラーク。
話を聞いていたのか、カズキのした提案に対して、そんな言葉を返してくる。
「エド! 前線には来るなと、あれだけ言っておいたろう!?」
飄々としたエルドラークとは対照的に、声を荒げたのはシャックだ。
魔王の右腕、作戦参謀といった立ち位置であるシャックからすれば、大将であるエルドラークが護衛もつけず、ひょっこりとこの最前線にやってきたこと自体が許容できないことなのだろう。
「心配すんなよ、オレ最強だし」
「そういう問題じゃ!」
「なに言っても聞かないの、アンタだってよくわかってるでしょ」
エルドラークとシャックの問答に割り込んだのは、少し遅れて櫓にやってきたアルアだ。
もはや呆れて物も言えない、というような表情を浮かべて、エルドラークのことを後ろから指さしている。
どうやら、ここに来る前にもかなり言い合いをした様子だ。
「その通りだ。オレは、言ったら聞かねえ。だからカズキ、お前が言うようにするってんなら、オレも絶対に同行する」
言い出したら絶対に聞かない男、エルドラークは言い切る。
その場にいる皆が、溜め息か苦笑いをしながらその言葉を聞いた。
「だが、相手はあのハイレザー・ハイディーンだぞ。いくらエドとカズキらで向かったとしても、かなりの危険が――」
エルドラークに対して誰よりも冷静であるシャックが、食い下がる。
が。
「シャック、オレが負けると思うのか?」
エルドラークの一言で、空間がビリビリと震える。
それは、彼の持つ圧倒的な魂力が放出され、圧力となって周囲へと発散されたからだった。
カズキですら、その魂力圧に鳥肌が立った。
「……いや、戦闘で負けるとは思っていない。ただ、相手がハイレザーということになれば、エドが出て行けばそれは当然、国家のトップ同士の話になる。カズキくんらが行くのとは、大きく意味合いが変わる」
そう、カズキたちがハイレザーの元へ行くだけなら、それは事故のようなものとなる。
しかし、そこにデーモニアの王であるエルドラークが同行すると、それは“公的な交渉”の様相を呈してくる。
そうなれば、そこで軽率な動きをしてしまえば、個人の問題ではなくなってしまう。ハイデュテッドの正当な侵攻を許してしまう可能性も発生し、つけ入る隙を与えてしまうのだ。
「だが、オレはもう決めた。カズキたちに面倒ごとを押しつけるなんざ、オレは絶対に許容できねぇ」
「しかし……」
躊躇なく、エルドラークは言い切った。
その態度に、頭を抱えるしかないシャック。
全員が、エルドラークの性格を知っているからこそ、話は平行線となるのが理解できてしまった。
「なんていうか、ここで話し合うことはできないのか? この、分断の壁で」
何気なく、カズキが言う。
特になにか考えがあるわけでもなく、両国のトップが話し合うのなら、境界線となる場所で話すのが道理ではないのか、という思いからだった。
「ここで話し合えるなら、そこまでの危険を冒す必要もないと思うんだ。敵の本陣に出向く、という形だから、危険度が跳ね上ってるわけだろ?」
さらにカズキは、言葉を紡ぐ。
聞いている皆が、少しだけ納得したような顔になる。
「確かに、分断の壁で協議の場を持てるというのなら、リスクは格段に減らせるな。ハイデュテッド側に対して、同程度のリスクを背負わせることもできる」
シャックが頷きながら、カズキの意見を肯定する。
「いいんじゃねぇか、それでよ」
エルドラークも重ねて、肯定的な言葉を紡ぐ。
「よし、その条件をハイデュテッド側に投げてみる。その間、各所での武力衝突も中断するよう働きかけてみよう」
長の言葉を受け、シャックがさっそく動き出す。
カズキの思いつきにより、またも大陸を揺るがす出来事が動こうとしていた。
「上手くいくといいがの……」
忙しなく動き出した皆の背中を見ながら、ルタが独り言を呟いていた。
その声音は、どこか不安を孕んでいるように聞こえた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




