108 戦いの現実
壁の前に立ち並ぶ、人、人、人。
分断の壁の“向こう側”には、辺り一面を埋め尽くすほどの人がひしめいていた。
壁の最上部と言える櫓にいるカズキらの視界には、人々が蠢く虫のようにも見え、自ずと背筋を悪寒が駆け巡った。
「すごい数だな……」
カズキの口から、掠れた声が漏れる。
「ああ。あれがハイデュテッド軍だ」
シャックが淡々と、カズキの言葉に返答する。
「あれが、軍なんですか!? 中には子供だっていますよ!?」
カズキの隣から、ルフィアが悲鳴にも似た声を上げる。
視力の良いルフィアは、人波の中に年端もいかない子供が含まれていることを確認していた。
「……ハイデュテッドでは、王の命令は絶対であり、それに逆らう者はいない。子供であれ、ハイレザーから命じられれば従うほかないのであろう」
「そんな……」
シャックの口から語られたおぞましい事実に、ルフィアは絶望的な表情を浮かべた。
カズキとルタも、それの意味するところを理解し、暗い表情で互いに顔を見合わせた。
「カズキ、あいつらを相手に……戦えるのか?」
ルタが重々しく、問うてくる。
カズキは唇を引き結び、沈黙した。
「……我々は、人間に虐げられ対立してきた魔族として、決して戦いの中で容赦することはない。もしカズキくんたちが躊躇したとしても、だ」
言葉を失った様子のカズキたちを見たシャックが、鋭い視線を向けながら言い切る。
それはまるで、弱い自分を切って捨てるための言葉であるように、カズキには聞こえた。
「………………」
重苦しい無言が、カズキたちだけの櫓に満ちていく。
各々がこれからはじまる戦いの凄惨さを肌で感じ、身動きが取れなくなっていっているようだった。
「俺が……ハイディーンを叩く」
どれくらいの時間が経ったのか、沈黙をはじめに破ったのはカズキだった。
決意を滲ませた表情で、シャックを見つめている。
「これは、デーモニアとハイデュテッドの戦争だ。俺はあくまでも、ハイデュテッド側から見れば“不確定要素”でしかないはずだ。だから俺が――」
「俺が、ではないぞ」
そこでカズキの言葉を遮り、ルタが言う。
「『俺たち』ですよ、カズキさん」
続いてルフィアが言葉を紡ぐ。
「……だな。俺たちが、直接ハイデュテッドの本陣に乗り込んで、元凶であるハイレザーを叩く。任せてもらえないか?」
「し、しかしカズキくん、そんなことをすれば、キミたちはこの世界のどこでも、もう平穏には――」
「いいんだ」
シャックの言葉が終わらぬうちに、カズキは小さく笑みを見せた。
それは諦観か、はたまたただの自棄か。
そのどちらでもなく、カズキはただ自分を前向きにするために、ルタとルフィア、そしてシャックに、再び笑みを見せた。
「俺たちは、いいんだ。だから、任せてくれ。頼む」
カズキの言葉に、ルタ、ルフィア同じように頷く。
三人は、ジプロニカ王を討伐したときと同じく、国家間の闘争に単独で介入し、国家の元首とも呼べる王を、自らの手で討つというのだ。そして、本来であれば国家間で話し合われるであろう責任のすべて引き受け、この世界の“悪”にならんとしている。
不器用なまでのカズキたちの生き様に、シャックは続く言葉が見つからないようだった。
「それなら、オレもいくぜ」
と。
シャックの返答を待たずして、櫓にやってきた人物が一人。
魔族の王――エドワルド・エルドラーク、その人だった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




