105 事態急変
「シャック、状況はどうなってる!?」
全身に傷を負い、口の端からも血が流れ出ているエルドラークが、アルアに肩を借りながら、デーモニア城内の廊下を歩いている。
「かなりまずい。“分断の壁”の直近まで、大軍が押し寄せてきているそうだ」
問われたシャックは、隣で深刻な表情をして言った。
「エド、やばいってのはわかるけど、まずは自分の身体を――」
「うるせえ! それどころじゃねぇだろっ!!」
エルドラークの身体を心配したアルアに、怒声を返すエルドラーク。口からは血混じりの唾が飛ぶ。
それでもアルアは、エルドラークを肩から離そうとは決してしなかった。
「ひとまず落ち着こう、みんな」
魔族の三人の様子を、背中越しに眺めていたカズキは穏やかに言った。
カズキの隣には、心配そうなルフィアと――俯き加減のルタがいた。
「……カズキ、さすがに今回ばっかりは悠長にはしていられねぇ。デーモニアに宣戦布告するってのはつまり――世界が人間のものになっちまうってことなんだ」
エルドラークはアルアに肩を借りたまま立ち止まり、後ろにいるカズキを振り返った。
頬や唇、目元まで腫れあがり、その顔はお世辞にもシリアスとは言えない。
しかし、それでも十分、エルドラークらの焦燥がカズキには伝わってきた。
「でも、ハイデュテッドの意識は今、ジプロニカへ向いているって言ってたじゃないか」
カズキはエルドラークの言葉に、先日聞いていた話を問いただす。
「そこなんだ。ジプロニカに攻め入れば、国を盗れるというタイミングにも関わらず、我らデーモニアに宣戦布告をするということが問題なんだ」
深刻な表情をしたシャックが、カズキの疑問に答える。
「死に体であるジプロニカに攻め入らず、態勢の整っている我々に敵意を向けるということは、それだけハイデュテッドの戦力と国力、状況が万全となったということなんだ。それはつまり――魔族を滅ぼす準備が整ったということを意味する」
「そんな……」
「だから、“世界が人間のもの”になるってことなのか……」
カズキはシャックの語った事実を聞き、苦虫を噛み潰したように呻く。
「そういうこった。もしオレらが折られれば、その後はなし崩し的にハイデュテッドはジプロニカも支配下とするだろう。あそこの王は、友愛や和平やら、条約なんざ考えてねぇ。なによりも自分が神に近づくために国を動かし支配してる。生半可な支配じゃすまねぇ」
傷だらけの顔で、エルドラークは言う。
鋭い眼光を放つその目から、ハイデュテッドの王がどれほどの悪逆非道か、カズキはなんとなく察した。
「それじゃ、フェノンフェーンの亜人たちも……?」
「ええ。間違いなくまた奴隷にされてしまうわ」
ルフィアの嫌な想像に、アルアがシリアスな表情で応える。
聞けば聞くほど、ハイデュテッドの侵攻を野放しにするわけにはいかなかった。
「エドワルド、アルア、シャック。俺たちはどうすればいい?」
カズキはどうにかしたいという想いから、そんな言葉を発していた。
純朴とも言えるカズキの言葉に、エルドラーク、アルア、シャックの三人は、緊迫した中でも少しの笑みを見せた。
「ありがとう。協力を申し出てくれて。全魔族を代表して、礼を言う」
シャックがカズキを見据え、重々しく頭を下げた。
カズキはつられて、軽く会釈して応えた。
「そこはオレに言わせろよ」「アンタはいいから黙って回復しときなさい」
そんなカズキとシャックを見て、エルドラークとアルアがじゃれ合う。
唯一、ずっと俯いたままのルタだけが、団結の輪の外にいた。
「我らがエドに匹敵する戦力であるカズキくんには、最前線で“分断の壁”の防衛をお願いしたい」
「最前線……そうこなくっちゃな」
シャックから続いた言葉に、カズキは武者震いのような高揚感を感じる。
否応なく、緊張感が高まっていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




