104 意地の張り合い
引き続き、デーモニア城の中庭。
もはや満身創痍と言っていいエルドラークが、口から多量の血反吐を吐き出して立ちすくむ。
ルタの渾身の一撃が、クリーンヒットしたためだ。
痛みからか、膝が笑い、全身が細かく震えている。
これまでのエルドラークの余裕に満ちた態度とは、明らかに違ってきていた。
「はぁ……はぁ……」
あらん限りの魂力を引き出し、全身全霊でラッシュを続けてきたルタも、体力が底をついたのか、膝に手をついて肩で息をしていた。
戦況を耐え忍び見守っていたカズキ、ルフィア、アルアの三人は、ここで止めるべきだと同時に悟った。
「二人とも、もうよそう」
立ち上がり、戦局に割って入るカズキ。
魂力を漲らせることはせず、さざ波のように静かに、けれど確固たる意志を滲ませながら、ルタとエルドラークの間に歩み進む。
ルタは鬼の形相で、戦いの闖入者であるカズキを睨む。
その顔は、自らの戦意がまだ滾っているということを主張していた。
「よそう、ルタ」
「……そこをどけ、カズキ。まだ殴り足りぬ」
「ルタ」
膝から手を上げ、再び攻撃を再開しようと目を血走らせるルタ。
カズキはエルドラークへの動線上に移動し、ルタの眼前に立ちはだかるようにした。
カズキなりの、エルドラークの元へは行かせないという意志表示だった。
「俺は俺の意志で、二人の喧嘩を止める。もう十分だ。二人はもう、殴り合うんじゃなく、話をしなきゃいけない。昔のこと、今のこと、これからのことを」
ルタから決して目を逸らすことなく、カズキは言葉を紡いだ。
「いいから、そこをどけっ!」
苦々しげにルタの顔が歪むが、カズキは一歩も引くことはない。
エルドラークの覚悟を知ってしまったカズキにとっては、この程度のことで折れるわけにはいかなかった。
ルタはちゃんと、エルドラークの真実を知るべきだ――カズキは迸るルタの闘気を全身で受け止めながら、一歩として後退ることはしなかった。
「……おい、カズキ」
「え――」
咄嗟の声に振り向いたカズキは――殴られた。
が。
「……全然痛くないぞ、エドワルド」
「うるせぇ、これはオレのけじめだ。邪魔すんな」
カズキを殴ったのは、エルドラークだった。
自らとルタの喧嘩に介入するなと、カズキを押しのけようとしての行動だった。
しかしその拳には、もはや一切の攻撃力が備わっていなかった。
カズキは拳をもらった左頬を撫でたあと、近くでふらついたエルドラークの身体を支えた。
「もうボロボロだろ。やめとけって」
「うるせぇ。あのわからず屋を受け止めてやれんのは、オレだけなんだ」
「……父親だって思ってるからか?」
「……っ!」
カズキの言葉で、エルドラークの顔に明らかに恥辱の色が浮かぶ。
顔色の変化が、図星であることをあからさま物語っていた。
「アルアのやつ……クソが」
「もういいだろ、充分だ。エドワルド、あんたも少しは素直になって、ちゃんとルタと話せよ」
口元に血を滲ませながら悪態をつくエルドラークを、カズキは穏やかな調子のままなだめる。
エルドラークは、もはや立っているのがやっとといった状態だった。
「カズキ、そいつをそのまま支えておれ。お見舞いしてやる」
ルタは拳をバキバキと鳴らし、言う。
「カズキ、オレをこのまま支えてろよ。飛び掛かってきたところに、一発ぶち込んでやる」
エルドラークは口角を上げて笑い、精一杯に言う。
間に挟まれたカズキは、一つ大きな溜め息を吐くしかなかった。
「「おらああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
同時に同じ叫び声を上げ、拳に力を込めるルタとエルドラーク。
カズキの肩を借りたまま、なんとか拳を振り上げたエルドラークと、そこへ猪突猛進してくるルタ。
間に立ち、二人それぞれの攻撃を受け止めるため、カズキがエルドラークの眼前に身体を滑り込ませたタイミングで――
「緊急事態だっ!!」
デーモニア城内へ続く扉が乱暴に開かれ、物々しい音が鳴る。
「ハイデュテッドが……デーモニアに、宣戦布告した」
乾き切ったシャックの声が、停止した戦局へ零れ落ちた。
その場にいた全員の背筋を、悪寒が駆け巡った。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




