103 ルタとエルドラークの喧嘩
「うおおぉぉぉ!!」
ルタの拳が、金色の鱗粉を撒き散らしながら乱れ舞う。
彼女の発する魂力が、殴打の度に弾けている。
それを受けて立つエルドラークは、一切手を出すことなくパンチの嵐に身を晒していた。
「お前が、いな、ければッ!!」
エルドラークを殴りつける度、ルタの切羽詰まったような声が漏れる。
まるで自分の拳で自らを傷つけているかのようにすら、カズキには感じられた。
「ハハ、効いてねぇぞオラ!!」
魂力を止めた肉体で、ルタの攻撃全てを受け止めているエルドラーク。
口の端をニヤリと歪め、不敵に笑っている。
「黙れぇぇぇ!!」
怒れるルタの拳が、エルドラークの頬にヒットする。
唇が切れたのか、エルドラークの口元から血飛沫が噴き出た。
「おーおー、いいパンチだなぁ!」
「うるさい、うるさいのじゃッ!」
ラッシュと表現できるルタの猛攻を、笑みを浮かべたまま全身で受けているエルドラーク。
もし、エルドラークのその表情だけを見たならば、誰しもが余裕があるのだと感じることだろう。
しかし、遠目に戦況を見ていたカズキは、まったく逆の解釈をしていた。
エルドラークは命懸けで、ルタの攻撃に耐えている――そう感じていた。
極限まで鍛え抜かれているエルドラークの身体とは言え、魂力を止めてしまった現状では、魂力を纏わせた攻撃への耐性はほぼ皆無と言っていい。
にも関わらず、ルタの容赦のない魂力を漲らせた攻撃を受け、無防備な肉体は悲鳴を上げているはずだ。
それなのに、彼は笑っている。
傷ついた全身や口の端から出血しながら、しかし最強の魔族としての矜持なのか、余裕の笑みを消すことなく攻撃を受け切っている。
オレは余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》だ――ルタにそう言うかのごとく、エルドラークは笑んだまま攻撃を受け続けた。
「あれ、もう骨も折れてるぞ……」
カズキはエルドラークが攻撃を受ける度、骨が軋んだ痛みを想像し、身を強張らせていた。
右隣のルフィアはもはや目を覆うようにし、俯いている。
「あのバカ……!」
固唾を飲んで戦況を見守っていたカズキの左隣では、アルアが恨めしそうに呟いた。
エルドラークの無謀とも言える行動に、腹が立っているのだろう。
「アイツ、ああやってルタちゃんの気持ち、全部受け止める気だ……!」
アルアの口から語られたのは、カズキも察していたエルドラークの覚悟だった。
ルタを家族と引き離し、山へと追放し、さらに五百年以上の間、俗世と切り離された生活を強いた。
そんな環境で長い年月をかけて醸成された、ルタの自分への怒りや無念を、ここですべて吐き出させようとしているのだ。
「でもあのままじゃ死んじまうだろ、下手したら」
「それでもいいって思ってる。アイツはね、ルタちゃんのことを自分の娘みたいに思っているの。……言うなって言われてたけど、アタシばっかり黙ってらんないわよ」
カズキの言葉に応えたアルアは、意を決したような表情をして吐き捨てた。
「は、はぁ? じゃあなんで――」
「ルタちゃんの両親、ドラゴン族の王と王妃と、千年以上も前からアイツは知り合い……いえ、アイツにとってはルタちゃんの両親は、最初の友人だったのよ」
「最初の、友達……」
「そう。まだ人間が今のような勢力図を誇っていなかった大昔に、アイツはドラゴン族と交流があったのよ。そのドラゴン族の友人の一人娘がルタちゃんなの。『ダチの一人娘は、オレの娘みてーなもんだろ』なんて、よくつまらない思い出話を聞かされて、参ったわ」
アルアは髪をかき上げながら、心底迷惑そうに言う。
しかしその顔は、どこか嬉しそうにカズキには見えた。
「だから、人間の手によってルタちゃんの家族――ドラゴン族最後の群れが滅ぼされると知ったとき、アイツは恨みを買うのを承知で、ルタちゃんだけを違う大陸に逃がしたのよ。決して人里に近づかぬよう、様々な封印を施してね」
「……じゃあ、全部……」
カズキは、思う。
どう考えても、全てのことは――ルタのためだと。
滅びゆくドラゴン族の仲間から引き離し、ルタだけを山へと追いやったことだって、ルタだけでも生き残ってもらいたいと思ってのことだ。
エルドラークは、ルタのためを思い、自ら恨まれ役となり、ああしてあそこに立っている。
その覚悟に触れてしまったからには、カズキ自身、逃げるわけにはいかなかった。
「あっ!」
と。
カズキが一つの決心をしたタイミングで。
ルフィアの短い悲鳴が、耳に入る。
見ると――
ルフィアが渾身の一撃を、エルドラークの顔面に見舞っていた。
エルドラークの口から、血が噴き出す。
さすがに笑みは、消えていた。
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