102 殴り合いの前に
まだ宴の余韻が残る、デーモニア城中庭。
酒瓶や酒樽が乱雑に転がる中、ルタとエルドラークが魂力を漲らせて対峙していた。
カズキは二人から離れた場所で、ルフィア、アルアと共に状況を見守っている。
シャックは前日の酒宴にも参加せず、なにやら忙しく立ち働いている様子だった。
「本当に大丈夫なのか、あの二人をやりあわせて」
カズキは胸の内にある不安を言葉にし、隣のアルアにぶつけた。
「知らないわよ。本人がやるって言ってるんだから、やらせるしかないでしょ。アタシらの言う事なんて、アイツほとんど聞かないんだから」
アルアは呆れたように溜め息をつき、知ったこっちゃないと言わんばかりに両手を広げた。
そしてもう問答は終わり、と態度で示し、自慢の赤髪の毛先をいじり出した。
「カズキさん、もうルタさんとエルドラークさんを信じるしかありません。大丈夫、二人とも短絡的に見えて、心の芯はしっかりしている方々ですから」
アルアと逆側、カズキを挟むように座っていたルフィアが、さらりと流れる銀髪を耳にかけながら言う。
翡翠色の瞳は言葉とは裏腹に、少し不安に揺れているようにカズキには思えた。
ルフィアも二人を信じようと、言葉で自らに暗示をかけようとしているのかもしれない。
「……だな。見守ろう」
「はい」
カズキは静かに頷いた。
ルフィアもなんとかしたい気持ちを抑え込み、こうしてルタとエルドラークの行く末を見守り抜くと決めている。
それなのに、自分が揺らいでいるわけにはいかない。
カズキは拳にぐっと力を込め、腹を据えた。
「ただし、どちらかが本当に危ない状況になったら、俺は俺の意志で、二人を止める。いいよな?」
「ええ、そのときはわたしも一緒に」
「好きにしなさい。アンタもどうせ、こうと決めたら梃子でも動かないでしょう」
「……ありがとう、アルア」
カズキを振り向くこともなく、同じ調子で毛先を摘まんでいるアルア。
それはある種の、カズキへの信頼と言えた。
「ふん」
と。
カズキの心が決まったタイミングで、ルタが鼻を鳴らしたのがわかった。
ルフィア、アルアと共にカズキも、中庭の中央へと視線を向ける。
「はじまるみたいだな」
見ると、中庭中央でルタが魂力により“変身”していた。
いつもの幼女姿ではなく、成長した十代後半の少女の姿。
今は動きやすいようにと、袖のない麻の服と、膝下丈のズボンを穿いている。
一方のエルドラークは相変わらず、鍛え抜かれ、所々に文様の走った上半身を惜しげもなく晒している。
今回はマントを外している。
「そうやって、魂装できない中でも戦えるように工夫したってわけか……。さすが、ドラゴン族だな」
「貴様がわしに封印なぞ施さなければ、こんなことをする必要もなかったのじゃ」
カズキらが見守る中、言葉を交わすルタとエルドラーク。
会話からは、ルタを山に縛り付けたうえ、魂装すら使用不能とした封印……ルタにとっては、呪いとも言えるそれを施したのが、エルドラークなのだという事実が語られていた。
「……あんときのお前は、まったくもって未熟だった。感謝してほしいぐらいだぜ、オレにな」
エルドラークは応えながら、首を回し、肩を回し、肉体を研ぎ澄ましていく。
「でもま、そんなにオレが気に食わねぇってんなら、受けて立ってやるさ。オレはなにせ、最強だからな」
言うと、エルドラークは自らの魂力を――完全に止めた。
状況を見守っていたカズキらの間に、動揺が広がる。
しかし、当のエルドラークは意に介さず、肘を伸ばして泰然としている。
「ルタ、お前とやり合うってんなら、最強なオレとしては、対等な条件でやり合わねぇとな。オレは魂力も魂装も、一切使わねぇ」
挑発するように、エルドラークは言い切る。
ルタの額に、青筋が浮かぶ。
「……ふざけた真似を」
「ふざけてねーよ。ほら、さっさとかかってこいよ?」
ビキ、とルタの血管がブチ切れる。
こうして。
ルタ対エルドラークの殴り合いが、はじまった。
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