101 ルタの心情
「ちょ、ルタ。待てよ。今エルドラークは――」
「問答無用じゃ、カズキ。そいつを殺す」
ひどく険悪なムードを纏って現れたルタを止めようと、カズキは言葉を紡ごうとした。
しかし、ルタのさらなる怒りのオーラに遮られる。
「そいつは、わしを……わしを『足手まといだ』と、一族と運命を共にすることを阻んだ男だ。あのとき、そいつさえいなければ――」
ルタの小さな両拳が、震える。
「――家族と共に、死ねたのだ」
「……ルタ」
怒りに歪んだ顔は、カズキの目にはなぜか、泣いているように見えた。
「わしの感情が勝手なのはわかっておる。しかし、そいつを目の前にして、わしは利口ぶって冷静でいることなどできぬ。知性のない獣と同じと罵られようと、この怒りを無視することなどできないのだ。頼む、わしの願いを聞いてくれ、カズキよ」
昂っているのか、それとも消沈しているのか、ルタの魂力が不安定に波打つ。
カズキは酒気による影響があるのか、魂装の義眼が映し出す“魂力の光線”が、いつもより歪んで見えるような気がした。
「……せめて、俺を交えて三人で、一度話をしないか? 俺はルタの弟子として、対等な同盟を結んだ者として、ルタがエドを殺すことを、簡単に許容したくない」
「そんなもの必要ないッ!」
カズキの提案に対して、ルタは強硬な姿勢を取る。
叫び声が酒宴の席に響き渡り、魔族の数名が視線をよこす。
「わしにとって、そいつは親の仇も同然なのじゃ! この世界に来て、愚弄され、生き方すら選べず、怒りを糧とし、虐げた者へと復讐を果たしたおぬしなら、わかってくれるじゃろうカズキよ!?」
ルタはこれまでに見せたこともないような悲痛の表情で訴える。
その姿を見たカズキは、自分の胸の奥が捻られたかのような、きゅっとした切なさを感じた。
余計に、ルタの好きにはさせられない――そんな決意が立ち上がってくる。
「わかる、わかるよ、ルタ。でもだからこそ、話そう。そうしてからでも、絶対遅くない。ルタは俺みたいな頑固者でもなければ、馬鹿でもないだろう? 冷静で、理知的で、俺のことを鍛えてくれた。肯定もしてくれた」
「それならば、カズキもわしを肯定すればいい!」
「ああ。だから話したいんだ。心の底から肯定するために、俺はルタと話したい。俺にとってはエルドラークも、もう死んでほしくないヤツの一人なんだ。だから、三人で話そう。頼む。な?」
カズキは丹念に、丁寧に、ルタへと言葉を紡いでいった。
「頼む」
そして、深く頭を下げた。
「……カズキよぉ」
聞こえたのは、ルタの声ではなく――エルドラークの声だった。
「お前ってヤツは、まだ出会って大して時間も経ってねえオレに、そこまで言ってくれるのか」
むくり、とエルドラークは身を預けていたベンチから身体を起こした。
「起きてたのか」
「そりゃな。酒の席で、こんな笑えねぇ空気出されちゃよ。場がしらけるぜ」
欠伸を噛み殺しながら、エルドラークはカズキのところへ歩み寄ってくる。
カズキはルタの心の揺れを注視しながら、エルドラークから続く言葉を待った。
「おーおー、ルタ。オレをぶっ飛ばしてぇか?」
挑発するように、エルドラークが語りかける。
「当たり前じゃ! 貴様のせいで、わしがどれだけ惨めな思いで今日まで生きてきたか!!」
ルタとエルドラークの間で、やり取りが交わされる。
二人の位置の中間に立っていたカズキは、声に乗った感情に切り裂かれるような、そんな心地がしていた。
いたたまれず、カズキが少し俯いたとき。
「わかった――どちらかが死ぬまで、やろうじゃねーか」
エルドラークが、ぽつりと言った。
「お、おい」
慌ててカズキが、声をかける。
「いい、言うな。もうやるしかねーんだ。オレとあいつは」
「ようやくじゃ。ようやく……この心の奥底の“膿”を、吐き出せる」
カズキの想いとは裏腹に、ルタとエルドラークはどこか胸の閊えが取れたような、そんな表情を浮かべていた。
こうして。
ルタとエルドラークの戦いが、行われることとなった。
宴はそれすら祝うかのように、朝まで続けられた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




