100 魔族の宴
「「「乾杯――――――ッッ!!!!」」」
「乾杯……」
カズキは気だるげに、半ば無理矢理に握らされた木製のジョッキを掲げた。
鈍痛を感じさせるあばら付近を撫でながら、イテテと呟きながらジョッキを呷る。
じんわりと食道を、シュワリシュワリとした液体が潤していった。
空はすでに黒く染まり、星が瞬いている。
今カズキがいるのは、デーモニア城の中庭だ。
ガルカザン・カザスタヌフとの死闘を、魂力操作からの魂装爆破拳によって制したカズキは、アルアとルフィアに支えられるようにして、デーモニア城に戻ってきていた。
全身にダメージのあったカズキは、夜になるまで救護室で身体を休めていた。
が。
夜になると、エルドラーク主催の魔族の宴会に担ぎ出され、体調などお構いなしに飲めや歌えやと騒ぐ連中に付き合わされる羽目となった。
「カズキさん、身体は大丈夫ですか?」
ゲラゲラと笑い合っているエルドラークらを遠目に見ていたカズキの隣に、ルフィアがやってくる。
「ああ、大丈夫。戻ってくるときはありがとな」
「いえ、わたしにはあのぐらいのことしかできませんから」
ルフィアは言いながら、カズキの座るベンチの隣に腰掛けた。
ちびりちびりと、ルフィアは葡萄酒らしきものを飲んでいた。
「それって美味いの? ワイン」
ルフィアのグラスに注がれた赤紫の液体の味に、カズキはなんとなく興味があった。
「あ、これですか? んー、かなり久しぶりに飲みましたけど、あんまりよくわかりません」
カズキの問いに、ルフィアは曖昧に笑った。
耳に銀髪をかけながら笑うので、やけに笑顔が綺麗に見えた。
「こっちの世界じゃ、俺はもう酒が飲めたんだっけな」
呟き、カズキは再びジョッキを傾ける。
カズキが味わっているのは麦酒だ。
当然、元いた日本の法律では、十八歳の飲酒は禁じられている。
しかし、こちらの世界では(国によって多少の差異はあるが)、成人は満十八歳前後とのことで、飲酒も十六歳から可能な国が多い。
カズキはそれならばと、アルコール飲料に挑戦してみたのだった。
ただまだ、ビールの苦みを美味さとは感じられなかった。
ぐっと飲み干すと、奥歯の辺りに苦みが広がる。
「おらカズキィィ! 俺に勝った男が、こんなとこで女としけ込んでんじゃねぇぇ!!」
ルフィアとしっぽり飲んでいたカズキの元へ、先程まで命のやり取りを繰り広げた相手、ガルカザン・カザスタヌフがやってくる。
巨木のような両腕に酒樽を持ち、上機嫌に笑っている。
「あんた、どんだけタフなんだよ……」
「ああん? タフさはお互い様だろうが。俺とやり合って生きてる人間なんざ、これまでいねぇぞ」
カザスタヌフはカズキの魂装爆破拳を喰らい吹っ飛んび、意識を失った。
自然と決着がつき、決闘はカズキの勝利と相成った。
しかし、カズキの負傷の応急処置をルフィアが行っている間に目覚め、カザスタヌフは何事もなかったかのように、デーモニア城への登城の準備をはじめたのだった。
カズキはその様を見て、自分の必死さが滑稽になった。
「とにかく飲め。傷が痛むときは酔って忘れちまうのが一番だ。ほら、俺の酒樽一つやるから」
「んなもん飲み切れるかよ」
マイペースに酒樽を置いて去っていくカザスタヌフの背中に、カズキはツッコんだ。
「なんかすげーな、魔族って」
ふと、カズキの口からそんな台詞が出る。
隣のルフィアも「ですね」と微笑む。
「おーおー、カズキ! やってんのかちゃんと!?」
と、次にやってきたのはエルドラークだ。
手には酒が入っているらしい瓶を持っている。
顔色は変わっていないが、口元が緩んでいるところを見ると、若干酔っぱらっているようだ。
「ああ、おかげさまで。傷に染みるよ」
「そーかそーか、傷に染みるか。良かったなぁうはは」
カズキとしては、嫌味のつもりで言った言葉だったが、エルドラークはなぜか満足したように相好を崩した。
うん、かなり酔っぱらってるな。
カズキは確信した。
「オレぁはよぉ、嬉しいんだよ。お前みてーな、人間のダチがよぉ、魔族の仲間に認めてもらえてよぉー、イっ」
「い?」
勝手に盛り上がり、マイペースに語るエルドラーク。
言葉の最後には、吃逆すら漏れ聞こえた。
「魔族はよぉ、元々は古代種に一番近い種族だって言われててなぁ、魂力の扱いも上手くてよぉ、人間どもが蔓延る前から、ずーっとよろしくやってたんだぜぇ? ヒック、なのによぉ……」
エルドラークは一度言葉を切り、手に持っていた酒瓶に口をつける。
「人間どもはな、ずぅーっとあとになって増えた癖にな、オレら魔族を『汚ねぇ』だの『不気味』だのって蔑みやがった! 許せるか、カズキよぉなあぁ?」
「ちょ、酒くさ! どんだけ飲んだんだよ」
肩を組んできたエルドラークから、酒気を帯びた息を吹きかけられ、カズキは思わず顔を背ける。
「だからよぉ、オレ様がな、魔族の連中をまとめてよぉ、戦ったのさぁ人類と。でよぉ、デカい壁を作ってな、魔族が暮らせる国デーモニアを建国したっつーわけなのよぉ、エっ」
得意げに、エルドラークは話し続ける。
もはやカズキは相槌すら打っていなかった。
「そんな背景のあるこの国によぉ、人間が入ったんだぜぇ? お前、オレに認められるとか、どんだけすげーか、ヒック、わかってんのか? そしたら、お前、まさかルタまで連れてるなんて……驚くぜ、まったく」
エルドラークは言い終え、一気に酒瓶を呷る。
そして一度ゲップを吐き出すと、そのままベンチに項垂れるように眠り始めた。
「……おい、どんだけ自由なんだ、魔族の王は」
「むー、これはかなりタチの悪い王ですね……教育の必要があります」
エルドラークの奔放ぶりを見たルフィアが、真面目な顔で言う。
カズキの心に、アルアとシャックの苦労がイメージされた。
「でもま……なんか、慕われるのはわかるな」
エルドラークの不細工な寝顔を見て、カズキは呟いた。
初の魔族の友人のイビキを聞きながら、一段落だと思い、カズキはジョッキを傾ける。
が、そこへ――
「カズキ、そいつを押さえておけ。息の根を止めてやる」
――極めて物騒な台詞が、聞こえてくる。
発言の主は言わずもがな、ルタだ。
やけに冷たい夜風が、カズキの背筋を震わせた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




