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000 プロローグ

数ある作品からこれを選んでいただき、ありがとうございます。

ピッコマ様よりコミカライズ版が配信中です。

https://piccoma.com/web/product/153625?etype=volume

マンガならではの爽快感やスピード感もお楽しみください!

 太陽が照り付ける青空の下、大きな石をいくつも重ねて作られた、巨大な楕円形の建造物。

 円形闘技場――俗に、コロシアムと呼ばれる場所だ。

 中央のフィールドを高い石壁が囲み、その上に、観客席がぐるりと一周するように作られている。

 観客の視点が集中する中央には砂が敷き詰められ、所々に歴戦の跡なのか、黒い染みが影のようになって固まっている。


「ああ、あぁ……あがぁぁ、うあああぁぁぁぁっ!!」


 闘技場の真ん中にできた一際大きな黒い染み。そこに蹲る一人の少年が、理性を失ったように、震えながら悲鳴を上げている。

 金切り声に共鳴するように、より一層の歓声が沸く。

 満員の観客で膨れ上がった闘技場には、狂乱とも形容できる興奮が満ち満ちていた。


 闘技場中央で泣き叫ぶ学ランの少年――カズキ・トウワは、右腕を抱くように這いずりながら、十七年と少しの人生で感じたことがない痛みに、ただただ叫ぶことしかできなかった。


「あぁ、は、はっ、あぁぁぁ!」


 カズキは自分の肉体から溢れ出る血を止めようと、左手の爪を食い込ませながら、右の手首辺りを必死に握った。滴る血液が、カズキの白い履き慣らしたスニーカーを、どす黒く染めていく。

 

 血が流れている右手から先は――なくなっている。

 “右手自体”は、カズキ自身の眼前に転がっていた。


「やれ、やっちまえ!」


「もっと血を見せろ!」


「戦え、死ぬまで戦え!」


 痛みで朦朧とするカズキの意識に割り込んでくるのは、民衆の下卑た要求の声だった。

 カズキの血が、砂地にぼたりぼたりと滴っていく。


 カズキはその意志に反して、闘士として闘いの舞台に立たされていたのだった。


「あーぁ、やっちまったぜ……利き手なくしちまって、どうすんだよこれ」


 気だるげにしわがれた声を出したのは、カズキと同じくフィールドに立っている人間――対戦相手である、セイキドゥ・ドゥークだ。


 彼が手にしている武器、ニメートル近い全長を誇る両手剣、ツーハンデットソードには、カズキの血がべったりと付着していた。

 セイキドゥはそれを軽々と片手で持ち上げ、刀身をショルダーアーマーに載せるようにして担ぐと、あくびを噛み殺しながら頭をかいた。


「ったく、異界から召喚された勇者だっつーからどんなもんかと思ったら……ちょっと本気出したらこれかよ」


 セイキドゥは痛みに喘ぐカズキに近づくと、その足で頭を踏みつけた。光沢のある高級そうな革靴の踵が、ぐりぐりとカズキの後頭部に食い込む。


「あぁ、い、いだぁぁ……あぁいぃぃ」


「あーあぁ泣いちまって。情けないもんだねぇ。うわ、汚ね」


 力なく頭をよじり、なんとか足を跳ねのけようとするカズキ。しかし露わになったその顔は、涙と鼻水と涎と血、さらに砂にまみれ、すでに人間というより家畜のように汚れてしまっていた。


「……ジプロニカ王、まさかこれでオレが咎められたりしねーよな? けしかけたのはアンタだぜ?」


「おぉ、我がジプロニカの守護神セイキドゥよ。そなたにとがなど負わせるものか。悪いのはそこに転がっている、無能な勇者だ」


 セイキドゥの呼びかけに応えたのは、他の観客席と明らかに区切られ、豪華な装飾が施された席に座る小太りの男だ。

 頭上には金色の王冠が光り輝き、高級そうな衣服の上にマントを羽織っている。両側には水着のような露出の多い服を着た女性が、数名侍っている。


 彼――ジプロニカ王はすっと立ち上がり、芝居がかった仕草で両手を広げてみせた。


「やはりセイキドゥ、そなたが我が国最強の『魂装遣カルマつかい』である! 未曽有の事態とは言え、異界の者になど頼ろうとした余が軽率だった。セイキドゥらジプロニカの戦士らを信じ、一致団結して国難に立ち向かうべきであった。どうか許してくれたまえ!」


 ジプロニカ王の大仰な宣誓に、大観衆は再び歓声を上げる。

 当のセイキドゥは「またはじまったよ……」と辟易した表情を隠す気もない。


「苦労して手に入れた『魂装道具カルマ・サーダン』を使って呼び寄せたにも関わらず、勇者がこんなにも無能だったことは極めて遺憾であるが、こうして我が国の『魂装遣い』の強さが揺るぎないものだということがわかった! その点においては、異界の勇者に感謝いたそうぞ!」


 王の呼びかけに、国民は呼応する。


 観客席は揺れ、軋み、高揚した一体感に包まれる。

 激烈な痛みと観客からの際限ない圧力が、カズキの心を押しつぶそうとしていた。


 だが、カズキはそれを意志の力で押し返す。

 自分を蔑んだ王の言葉によって、カズキの神経は昂っていた。


 無能な勇者だって――?

 勝手に、勝手にこんな世界へ呼び寄せておいて!


 右手首を失った激烈な痛みに負けじと、烈火のような怒りが、カズキの中に無限に込み上げてくる。


 こんなこと、僕は望んでいなかった。ただの一つも!


 そもそもここに来ることだって、勇者だなんだと呼ばれることだって、決闘させられることだって、何一つ……!


 何一つ、望んだ覚えなんて……求めた覚えなんて……ないのにっ!


「……なんで、なんでぼ……僕が……っ!」


 眼球が突出してしまうのではないかというほどに、カズキは一点を睨みつけた。

 充血し、瞳孔の開ききった眼球が睨む先――ジプロニカ王が嘲笑を湛えた顔で見下ろしていた。


「おぉ、まだ意識を失わないとは。生命力だけは害虫ゴキブリ並みだな?」


 ジプロニカ王は言い、周囲に侍らせた連中に笑いかける。同じような下品な笑いが、そこかしこで続いた。

 嘲り笑われながらも、カズキは決して睨むことをやめなかった。


「いつか必ず…………後悔させてやる」


 口の中を満たす血の味を噛み締めながら、カズキは言葉を吐き捨てた。


「なに? ……死に損ないの分際で!」


 死にかけのカズキから発せられた文言に、王様は不愉快そうに眉尻を吊り上げた。

 次の瞬間には、その怒りに任せ、玉座の近くに跪いていた者らに向けて、荒々しく指示を飛ばした。


「おい、こやつをオブリビオンに捨ててしまえ!」


 叫び、カズキを一瞥したジプロニカ王が玉座の手すりを叩く。怒れる様に慌てた配下の者たちが、なにやら忙しなく動きはじめる。

 慌しい物音のあと、コロシアムの入場口が手動で開かれ、そこから大きな姿見のようなものが運ばれてくる。


「我がジプロニカは、選ばれし人間たちの国。無能な人間はいらんのだ。――やれ」


 王の指示で、カズキの周囲に人が寄ってくる。力を失った身体が無造作に持ち上げられたかと思うと、次の瞬間――鏡の中へと放り投げられていた。

 鏡面に飲み込まれるような形で、ボロボロになったカズキの身体は、その場から完全に消え失せていた。

 後には、歓声の名残だけが漂っていた。


「これで後始末は終わりだ。セイキドゥよ、苦労をかけた」


 まるで何事もなかったかのように、王様は表情を穏やかなものに変え、観客席からセイキドゥのいるフィールドへと降りてくる。

 横に並び、馴れ馴れしくセイキドゥの肩に手を置くと、ねぎらうように声をかけた。


「セイキドゥ・ドゥークよ。これからも我が国のために戦ってくれ」


「ふん、だから言ったんだよオレは。勇者召喚なんて胡散臭ぇってな」


 王のおべっかには慣れ切っているのか、セイキドゥは肩に置かれた手を振り払い、意にも介さず退場していく。未だ大観衆はざわめきの尾を引いているが、それも無視して鎧を外しながら歩く。


「そう言うな。頼むぞ、我がジプロニカ最強の『魂装遣い』よ」


「へーへー、仰せのままに。……ちなみに、あんたの失敗の尻拭いをしたんだ。今回もたんまり、いただくもんはいただくぜ?」


「わかっている。そう急くな」


 ジプロニカ王はセイキドゥに歩き並ぶと、しつこく肩に手を置く。

 今度はセイキドゥも、その手を払うことはしなかった。


「ならいいのさ。オレぁ金と地位さえもらえりゃ、よく働くぜ」


「そなたの強さを引き出すのには、本当に金がかかるなぁ」


 闘技場の入退場口へと並んで去って行く二人の声は、観衆の声に紛れて、誰の耳にも届くことはなかった。




    †    †    †    †




 荒涼とした山肌を、干からびた風が撫でていく。

 角張った巨大な岩がいくつも並び、雪解け水がその岩のひびを走って小川を形作っている。しかしほとんどの草木は枯れ果て、生命の息吹は感じられない。

 ここでは晴天の青空も、どこか寂しげに見える。


 そんな荒み切った場所に、なぜか日光を照り返すような金色の塊があった。

 強烈な違和感を発する“それ”は、突然ぴくりと一度動いた。


「なにか……来おる」


 金色の正体は、美しい一人の少女だった。


 彼女は抱えていた両膝から金髪を揺らして顔を上げると、宝石のような碧眼で中空の一点を見つめる。

 その目線の先に光の輪が現れ、次の瞬間、薄汚れた少年が転がり出た。


「……人、間……?」


 光輪から現れたのは、風変わりな衣服を着た人間だった。遠目に見ても、血にまみれてひどく汚れているのがわかった。

 死にかけている。

 少女は白い素足で立ち上がると、まとったボロ布がはだけているのも構わず、人間へゆっくりと近づいていった。


「何百年ぶりかの……人を殺すのは」


 危険なつぶやきは、誰の耳にも届くことはない。

 痛みにあえぐ少年にも、その可憐な声は聞こえない。

 

 死にかけの少年と金色の少女が出会った日は、奇しくも。


 少女にとって、千歳の誕生日だった。




貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。

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