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やけど  作者: 佐藤そら
9/10

ラストメッセージ

 その日、宮内は帰宅すると瑠璃にあるものを手渡した。

 

「!」

 

「ずっとバタバタしてたし、いろいろあったから遅くなっちゃったけど」

 

「婚姻届……」

 

「もうすぐだし、瑠璃の誕生日に出しに行こう。この日を良い日にしよう」

 

 宮内は笑顔だった。

 

 ×  ×  ×

 

 瑠璃は、何もない真っ白な空間を歩いていた。

 すると、ショパンの『別れの曲』が聴こえてくる。

 音の方へ向かうと、ジョーンがピアノを弾いていた。

 そして、周りにはスイセンの花が沢山咲いていた。

 

「ジョーン!」

 

 ジョーンは、瑠璃を見つけると椅子から立ち上がり、瑠璃に丁寧にお辞儀をする。

 ピアノはひとりでに『別れの曲』を奏で続けていた。

 瑠璃はジョーンに抱きついた。

 

「ジョーン心配したんだよ! ずっと現れないから!」

 

 ジョーンは声を出すこともなく笑っている。

 突然、スイセンの花を刈り取ると、荒々しく瑠璃に突き出した。

 

「えっ……」

 

 ジョーンは、ひとりでに『別れの曲』を奏でるピアノを指差した。

 

「これが最後? 最後の夢なの!?」

 

 ジョーンは小刻みに頷く。

 

「イヤだ! イヤだよ、そんなの! どうして? どうして最後なの? あなたは、あなたはわたしのお母さんが大切にしていたピエロ……」

 

 ジョーンは瑠璃を静かに見つめた。

 

「偽りの愛……」

 

 ジョーンは小刻みに頷く。

 それは、スイセンの花言葉だった。

 

「わたしね、結婚するの。結婚しちゃうの。ねぇ、全て偽りだったのかな。うぬぼれてたのかな」

 

 ジョーンは首をかしげる。

 

「恋は一過性の精神疾患って言うじゃない? でも、拓しかいなかったの。わたしの横には拓がいて、それがずっと当たり前だった。洗脳なのかな? 好きだって自分を洗脳し続けてたのかな? でも、でもね、今でも拓のことが好きっ……」

 

 涙が瑠璃の頬を伝った。

 

「騙されてたのかな……。全部、蜃気楼みたいなものだったの……?」

 

 ジョーンは手を叩いて喜んだ。

 

「ちっとも楽しくないよ」

 

 ジョーンは瑠璃の肩をトントンと叩く。手招きで瑠璃を連れ出した。

 

 

「ねぇ、ジョーン。どこに向かってるの?」

 

 ジョーンは何も答えない。

 やがて、レンタル収納スペースが見えてくる。

 ジョーンはそれを指差した。

 

「えっ……」

 

 倉庫の扉には暗証番号で開く鍵が付いている。

 ジョーンは指を8本出し、瑠璃にアピールした。

 

「8ケタ……」

 

 ジョーンは『2・0・0・4』と押し、瑠璃の顔を見る。

 

「……」

 

 続けて『0・3』と押し、瑠璃の顔を見る。

 

「……」

 

 続けて『1・6』と押し、瑠璃の顔を見る。

 

「2004年3月16日……」

 

 ジョーンは小刻みに頷く。

 

「嘘でしょ……そんなの……」

 

 鍵が開く。

 扉を開けると写真が流れ出てくる。

 大量の美希の写真。

 隠し撮り写真。

 工藤一家の隠し撮り写真。

 幼い頃の瑠璃の写真。

 美希の私物。

 ピアノのコンサートの半券。

 ジョーンは、中の物をせっせと取り出していく。

 

「嘘っ……なんで……」

 

 ジョーンは若い頃の美希と宮内が、幸せそうに写った写真を瑠璃に差し出した。

 

「嘘だよ、嘘だよこんなの!」

 

 瑠璃の背後から足音が近づく。

 

「いけない子だなぁ。君は見てはいけないものを見てしまったね」

 

 瑠璃が振り向くと、そこには宮内が立っていた。

 

「拓!」

 

 宮内は、瑠璃を鋭い眼差しで見ていた。

 

「嘘だよね……。こんなの嘘だよね?」

 

「僕は瑠璃が生まれる前から、瑠璃を知ってるよ?」

 

「!」

 

「君の遺伝子が欲しかったんだ」

 

「……」

 

「君のお母さんは、何も持っていない人と結婚したんだ。僕は何もかも持っているというのに。僕はね、手に入れたい物は何でも手に入れてきた。人の心もね」

 

「違う! 拓はそんな人じゃない! わたしの好きな拓は、そんな人じゃない! もっと優しくて、ひとりぼっちのわたしに手を差し伸べてくれた!」

 

 宮内は声をあげ笑った。

 

「ひとりぼっちにしたのは誰だよ? 僕だよ?」

 

「……!」

 

「僕がこんなにも愛しているというのに! 秘密を知ってしまった瑠璃ちゃんには罰を与えないとね」

 

 宮内は内ポケットから銃を取り出そうとする。

 瑠璃は震えが止まらなかった。

 

「助けて……助けて……ジョーン!」

 

 ×  ×  ×

 

 わたしは飛び起きた。辺りはまだ真っ暗だった。

 汗だくで体が震えている。そして、わたしは泣いている。

 隣では宮内が眠っていた。

 夜はまだ、長いようだ。

 わたしの腕には、“やけど”の跡が残っている。

 今も、あの日の火事を忘れたくないというように。

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