表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

僕は自分が天才だってことに気付いてしまったんだ。

作者: 青井渦巻

弟が兄に書く手紙です。

プライベートな内容ですので、傍目に理解するのは難しいと思われます。

 ねぇ兄さん、僕は自分が天才だってことに気付いてしまったんだ。

 昨日の夜に貸したお金、いつ返ってくるのか教えてください。

 猫を飼っています。

 とても可愛いんだ。

 もちろん、ペットフードなんて要らないよ。

 僕のような天才は、大抵の場合、死んでから餌を与えるんだ。

 猫の死体を愛でるのさ。

 兄さん、僕のお金を返しておくれよ。

 そういえば最近、近所のスーパーで同級生に会った。

「変わってないね」なんて言って、やっぱり確信したね。

 僕は自分の若かりし姿を永久に保存している。

 葬式の写真を選ぶときに気付くと思うよ、僕の写真に16歳以降のものが無いってことにさ。

 最近、英語が読めるようになったよ。

 ところで最近っていつのことを言ってるんだろうね。

 兄さんに会ったら、始めの一言は英語にするよ。

 please money.

 近所に猿のような爺さんが住んでいるんだけど、彼ってとてもパワフルさ。

 岩を動かすのさ。

 それはもう大きな岩なのさ。

 それは中身が空洞なのさ。

 風の噂では、中に仙人が住んでるらしい。

 鳥たちの囀りで聞いたんだ、あれは朝の井戸端会議だろうね。

 巣の近くを行ったり来たりしてたけど、あれってもしかして……天才だってことに気付いた以上、このことは言わない方が良いかもしれないね。

 ねぇ、この世には完全犯罪ってものが存在するんだよ。

 それは一体どういう了見で、誰に断って成立しているのか不明なんだ。

 でも確かにあって、隠蔽に次ぐ隠蔽の中に潜んで、静かに息をしているんだよ。

 ところで、初任給の10万円を返しておくれ、兄さん。

 あれが無いと……ああ、それは困る。

 箱を見てるよ。

 これに猫を入れるんだ。

 それを描くんだ。

 後で売るんだ。

 それで買い戻すんだ。

 また売るんだ。

 また買い戻すんだ。

 僕は一体なにをやってるんだ?

 例えば、往復の切符を終着駅でもう一つ買うようなもので、そうして明日を待つようなものだ。

 夜は怖くないかい?

 僕は朝の方が恐ろしい。

 だって、白日の下に晒される可能性を孕んでいる。

 小さい人間たちが僕を見てる。

 そこをお姉さんに見られた。

 だから、試行錯誤の末、僕はこう言ったのさ。

「へい、柔道!」ってね。

 要するに、墓場からジョンが生き返ってくるだろうね。

 まるでキリストかなにかだ。

 まるでライビングデッドだ。

 僕の思うに、ナポリを見たから死んだんだ。

 天才の辛いところ、その一。

 天才の辛いところ、その二。

 天才の辛いところ、その三。

 まあいいさ、とにかくお金さえ手に入れば、それでなんとかやっていくよ。

 時計も売っちゃったし、またかい戻さなきゃね。

 兄さん、元気かい?

 海は荒れていない?

 空は晴れてる?

 僕はもうダメだ。

 やたら頭痛に苛まれてるんだ。

 深夜に何度も起きるんだ。

 ギターの音ばかり聴くんだ。

 海外の夢ばかり見るんだ。

 脳みその中で25分が10分に短縮してるんだ。

 いや、それはそれで……嫌。

 そうでしょ、兄さん。

 そうじゃないの?

 そうに決まってるよ。

 そうだと言ってよ。

 そうなんじゃないかな?

 躁なんじゃないかな?

 鬱なんじゃないかな?

 病気になりますように。

 天才の辛いところ、その四。

 天才の辛いところ、その七。

 天才の辛いところ、その九。

 最近、昔のことをよく思い出すようになってしまった。

 でも戻れないのさ、そんなノスタルジックには。

 僕は依然、時間軸を進行し続けている。

 高速道路を逆走する車のように、一方通行を逆走するバイクの如く、ハイウェイを縦に横切る飛行機さながらに、ルールを破壊できないものだろうか。

 ああ、なんて他愛もない考えだろう。

 忘れてくれ、兄さん。

 でもお金のことは忘れないで。

 スレスレさ、眠気。

 もう落ちる。

 落ちる先は闇。

 深い。

 針地獄が待つ。

 スピード上がっていく。

 緩めてほしい。

 分かって欲しい。

 とどのつまり、素人の遊びじゃ役に立たないんだ。

 至る所に凡人が歩いているだろう?

 その中じゃ、僕はやっぱり天才なんだ。

 永住権を得たんだ。

 アムステルダムに旅行しに行くから、資金を回収したいんだよ。

 経験より知識、知識より生存なんだって。

 家の鍵が開かなくなる前に、早くしないと。

 ほら、また一つ、秘密が暴かれるんだ。

 羽虫の氾濫だよ。

 爆撃は起らなくても、そのスクリーンで兄さんだって、同じような目にあう。

 これは呪いなんかじゃない、事実だ。

 僕は決して操られてるんじゃない。

 天才を肌で感じて、少し気が滅入っているにしても――早めに眠るべきだったんだ。

 長すぎるんだ、人生というものは。

 そもそも子宮が広すぎたんだ。

 スケールから間違ってるのを、誰も気付かないまま忘れてしまうんだよ。

 でもお金のことは忘れないで。

 兄さん、持ち逃げはナシだ。

 いくら貸したと思ってる?

 どこから出た金だと思う?

 これからお前、どうなると思う?

 知らないよ。

 知らないよ、僕は。

 もうお腹も痛い。

 夜が明けるまで起きてられるなんて、はっきり言うが正気じゃないぜ。

 お前は終わりなんだよ、兄さん。

 その金を今さら捨てて、名前を変えたとしても、生まれ持ったその卑しさはぬぐえやしない。

 いつか必ず、否、いまにもお前はノイズを聴くぜ。

 耳を澄ませよ。

 瞳を閉じろ。

 となると、もう読めないだろうが、この手紙を。

 これから先に続く文章が、お前の眼に入らないことを憂う。

 だからこそ、もうこの辺で止めにしておくぜ。

 あばよ、くそったれが。

その後、なにかが遺体で見つかったとか、変死体がどうとか、そんな表立った事件は一切なかったという……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ