だから何?
「あっ、あの!!
私ずっと元平民だからってイザベラ様に馬鹿にされてっ!!
泥水をかけられたり!!ぶたれたり!!階段からも突き落とされたんですっ!!
そんな人!王太子殿下のお妃様に相応しくないと思いますっ!!」
うるうると瞳を潤ませ、婚約者として親睦を深めるための二人きりのお茶会に勝手にやってきたのは最近目障りな男爵令嬢だった
顔立ちは可愛らしいという形容詞が相応ではあるものの、表現が全体的に馬鹿っぽいため頭の中が綿菓子か埃でも詰まっていることは容易に想像できる
ピンクの短めの髪は緩くウェーブしており全部毟ってモップにしたら掃き掃除には有用そうだ
簡単にへし折れそうな細い手足は実際に折ってみたくなる
さて。
私はイザベラの腰に手を回して抱き寄せつつ、反対の手の小指で鼻をほじる
そんな私をイザベラは頬を染めてアメジストの瞳で見つめていた
「ほーん、で??」
「……え?」
「だから、それがどうした?」
「え…?
だから、泥水をかけられたり叩かれたり階段から突き落とされたり」
「いや、だからそれがどうかしたのかと聞いている
そもそも貴様は私に話しかける権限など無いのだが?
この場で無礼討ちで首を刎ねるぞ」
「そ、そんなっ!!
学園の中は身分は関係ない筈ですっ!!」
まったく頭の残念な雌豚だな
「まったく頭の残念な雌豚だな」
「ジル、思ったことが口からそのまま出ておりますわ」
めっと私の唇に人差し指を重ねるイザベラが可愛すぎて悶絶した
彼女のパラジウムの如き高貴でキラキラとした銀髪が頬などに触れて少しくすぐったいが、それも心地よい
あ、ジルは愛称で私はジルバートだ。どうぞ宜しくたのむ
「いいか、学園内部が平等とは生徒として学園から受ける扱いが平等という意味だ
身分関係なく同じ教科書が支給され同じカリキュラムの授業を受けられるし身分で成績が加味されたりということは一切無いという意味でしかないのだが?」
「たまに居ますのよ
貴女みたいに一時的に身分制度が無効になるんだと勝手に拡大解釈するお馬鹿さんが」
「そんなっ!!!
でも私がされたことは事実ですっ!!イザベラ様に何もお咎めが無いなんて納得できませんっ!!」
あ?
「殿下、よろしいですか?」
「おう、なんだ?」
イザベラの専属侍女のアンナが控えめに会話に入ってきた
彼女も男爵令嬢であるが、立場は雌豚とは天と地ほど違う
何しろイザベラの実家の公爵家に代々使用人として仕えている王家の信頼も厚い家の令嬢であるし、イザベラにとって小さい頃から話し相手として一緒に育った姉の様な存在、勿論私とも幼馴染だ
なので公式の場では無い限りいちいち発言に許可を求めたりする必要はない
そんなことをしていたら有事の際やそこまで行かなくてもバタバタしている時に意思の疎通に無駄な時間を取られるからな
「あのホールの東階段の一番上から突き落とされたということは、流石に殺人未遂に当たります…お嬢様に何もペナルティが無いのは権力の横暴だと後々後ろ指を指されることになりかねません」
「ふむ、それもそうか」
アンナは才媛で頼もしいな
歳も私達の2つ上なので私にとっても姉のような存在だ
「イザベラ、王太子命令だ
三日間おやつ抜き!」
「わ、わかりましたわ…」
ぷるぷると震えながら悲痛な表情で了承するイザベラに私の側仕え達が赤面して身悶えるのを必死に堪えているが…訓練が足りんな
ようは何でもいいのだ
王太子命令で婚約者に罰を与えたという事実さえあればあとはどうにでもなる
「えええっ?!?!
そんなっ!!私!本当に死ぬかもしれなかったんですっ!!酷いですっ!!」
「はぁ?てめぇピンピンしてやがるじゃねぇか
いっそのこと打ちどころが悪くてくたばりゃよかったのにアバズレは無駄に生命力がありやがるな」
「もうジルったら、お言葉が乱れておりますわ」
「ああ、いや…すまない」
「酷いです…私はたくさん嫌がらせされているのに…」
なんと頭の悪い雌豚だ
「なんと頭の悪い雌豚だ」
「ああ、ジル…またですわ」
「さっきから雌豚雌豚って!!いくら王太子殿下でも酷すぎますっ!!」
「非難はしても否定はしないのだな?
…結局自分で分かっているのだろう?自分が卑しい雌豚であることを
貴様がされている様々な嫌がらせはすべて完膚なきまでに貴様の自業自得であるのだが?
そもそも貴様は事あるごとに身分がどうの差別がどうのとほざいているようだが、貴様が貴族令嬢に貼るレッテル…あさましく地位と宝石と高価なドレスを求める卑しい女、というのは他の令嬢達ではなくまさに貴様自身のことではないか
いじめ?
片腹痛いわ!!
いじめではなく当然至極の制裁だ。嫌がらせさせれるのが嫌なら婚約者の居る上位の令息にベタベタして腕を強引に抱いたり胸を押し付けたりといった振る舞いを改めるべきであろう?…もう遅いが」
「貴女の評価は低すぎて地を這うどころか地中に潜っておりますわ…学園でも、社交界でもですわ」
「そ、そんな…」
「仮に貴様が階段から落ちた時に死んでいたとしても、イザベラのおやつ抜き3日がおやつ抜き1週間になるだけだがな「そ、それはやばいですの!」
あはは、今日もイザベラは可愛いなぁ…まあアレだ……貴様の命などその程度のものだと自覚しろクソビッチ
はっきり言って貴様のような雌豚が1匹死のうが1兆匹死のうが知ったことではないのだ
私やイザベラや他の令嬢にとって存在が不愉快というだけではない。貴様の様な秩序をまるで考えない気の触れたアバズレがたとえ末席だろうと貴族に居たら将来国益を損なう懸念しかない。それはひいては国民のためにならん」
ほう、媚びを売りながら泣き喚くのではなく静かにボロボロと涙を流すなどという芸当が雌豚にも出来るのか…まあタマネギを隠し持っている説も捨て切れないが…
「ほう、媚びを売りながら泣き喚くのではなく静かにボロボロと涙を流すなどという芸当が雌豚にも出来るのか…まあタマネギを隠し持っている説も捨てきれないが…」
「ジル、わざとやってますの?
階段から殺すつもりで突き落としたわたくしが言うのもアレですけれど、少しユーリさんが可哀想になってきましたわ」
「イザベラは優しいね」
「も、もう…頭を撫でない!子供扱いはやめてくださいまし!」
「お茶のお代わりは如何ですか?」
「頼む」「お願い」
その後、国王となったジルバートとイザベラは生涯おしどり夫婦として国民に愛され、2男3女に恵まれた。王位継承にも醜い争いは起きず、長男と次男は手を取り合って国を支え、王女達は降家してそれぞれ幸せに暮らした
承認欲求の塊だったユーリ・クラミジア男爵令嬢は王太子殿下にけちょんけちょんに自己の存在そのものを否定されて心が完全に壊れてしまい、勘当され放逐されたあとは茫然自失の状態で身体を売っていたが病気にかかって売春も出来なくなり路上でボロ布を纏って冷たくなっているのを衛兵に発見されたそうな
めでたしめでたし
補足
罰の本当の理由
害虫の排除=将来の王妃として正しい決断
しかし、やり方がスマートじゃない。自分で体張って階段から突き落とすなんていう手段を選んだのでおやつ抜き3日です。




