閑話『フェアリが去って』
短め
最悪だ。本当に最悪。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが…馬鹿ではなく能無しだった。
俺の主(一応)はとんでもないことをしでかしやがった。ただしくは能無し主と同じく能無しの取り巻き共が、だが。
能無し主は婚約破棄をしたのだ。あろうことかあの方を傷つけ、国外追放した。
「何を!考えているのだ!あの馬鹿野郎は!」
「俺たちが平民の出だからって隠していやがったな!」
俺同様、能無し主の所有物として扱われていた彼らも怒り狂っている。
能無し主の婚約者様は主とは比べ物にならないくらい有能だった。
主を無能、屑、外道というのなら、あの方は有能、聖人、女神だ。容姿端麗で努力家、身分差別もしなければ、種族差別もしない。まさに俺らのような平民にとっては聖女のような方だった。
かの方がいなくなってからは酷いものだ。
まず、精霊たちがほとんど居なくなった。精霊と共に精霊術師もほとんど他国へと出て行った。元々少なかった精霊たちがさらに少なくなって、残っているのはほとんどが契約精霊(この国では契約した光の精霊)ばかりだ。
次に、殿下の担当する公務が滞り始めた。元々その公務をこなしていたのはかの方であって、能無し主は遊び呆けていたから今更どうにもならないが。それをカバーするのは我々なのだからいい加減にしてほしい。
かの方の父君であるヴルガータ公爵はかの方が追放される原因となった男爵令嬢を養子にした。元男爵令嬢は能無し主の正式な婚約者になり、贅沢三昧。国庫をも喰いつぶす勢いだ。
かといってこの国に居るのは性根の腐った奴か、全てを諦めて他人にばかりすがる俺たちのような奴なのだから救いようがないのだ。
「帝国との戦争の準備も進めてるんだろ?」
「負けが決まった戦争なんてするもんじゃねぇのにな」
「俺たちもそろそろ腹括らなきゃいけねぇかな」
戦争の準備が始まっている。どうせ前線に出るのは俺らの様な平民で貴族どもは領地にこもる。
なら、そろそろ腹を決めなければならないだろう。仲のいい騎士見習いのあいつもそろそろ限界に近い。
この国はもう終わりしか見えないのだから。
精霊姫と呼ばれた御方の娘で精霊に愛され心を通わせるフェアリ・ヴルガータ様。どうか幸せに。
☆☆☆
俺の主は王太子殿下だ。男爵家の三男の俺は幼い頃から剣の腕を磨いてきた。憧れだった騎士となり、毎日訓練も欠かさず王太子殿下の側近候補として行動を共にするまで上り詰めた。
王太子殿下はちょっとばかし人を信用しすぎるきらいがあるけれど、なんてことは無い。『飲み込みが早く聞き分けのいい王太子殿下は、きっと良い王になる』そう言われている王太子殿下だ。きっとその通り良い王になるのだろう。
そう、思っていたのに…
目の前で起きていることはなんだ?殿下が婚約破棄をする。あのヴルガータ公爵令嬢との婚約を。
殿下、その事件に関しては犯人は捕まったでは無いですか。それに、公爵令嬢様はアイナ殿下とは親しいご友人でしたよ。殿下の言う貴様とは誰のことですか。殿下、隣にいるのは誰です。
おかしい。何故誰も庇わないんだ。公爵令嬢様は、殿下のことを一番に思っていらしたのに。怪我するのが当たり前の騎士である俺すらも気遣い、光の精霊術で癒してくれる優しいご令嬢だったのに。
でも俺も同じだ。声をあげなかったのだから。
公爵令嬢_フェアリ様はその日いなくなった。
ヴルガータ公爵家からも、フィルマリア王国からも。
いなくなったフェアリ様が残したのは精霊たちの怒り。元より精霊と契約できる者は少なかった。それでも、この国には痛手となる。
精霊と契約する者たちは皆フェアリ様の味方だ。精霊たちに認められた者たちはほとんどが家督を継がぬものか平民ばかりでなんの迷いもなくこの国から出て行った。唯一残っている親友もそろそろ腹を決めるだろう。アイツはフェアリ様を慕っていたから。
ヴルガータ公爵は御子息であるアクア殿が戻ってくると信じて疑わないがフェアリ様が勘当され、あの男爵令嬢が養子として入ったと知れば二度と戻らないだろう。そもそも帝国に留学してから期間は大分過ぎている。それにすら、公爵は気がついていなかった
「潮時か…」
父上も兄上も殿下も国王も何もわかっていない。フェアリ様がどれほどの御方なのか、どれほどこの国にとって欠かせない方だったのか。
アイナ殿下もそろそろ帰国するつもりらしい。そうだよな。アイナ殿下はフェアリ様とも仲が良かったから。それはもうアイナ様がこの国に来たのもフェアリ様が居たからと言っても間違いではないほどに。俺もそのタイミングで国から出よう。友であるアイツと共に。どうせいずれは平民となっていた身だ丁度いい。
フェアリ様。どうか幸せになってください。
そしてこの愚国がもう貴女様を傷つけぬよう祈っております。
2020/05/22 少しの文の付け足し