六話『契約』
「わ、私ですか?」
水の精霊が指したのはアクア様だった。
『精霊姫の魔力がする〜!』
なるほど。精霊姫というのは私の母。そして、おそらくアクア様は私の兄なので魔力の波長が似ているのだろう。母は水と地への適性が高かったのでお兄さ……アクア様も高いのだと思う。
「え、えっと?」
「アクア様、こちらに来ていただけますか?」
困惑するアクア様を呼んで側まで来てもらう。契約の方法は沢山あるけど一番強固な契約をすることにする。
「精霊術師ノアの名において水の精の契約と新たな精霊術師の誕生を認める。精霊、新たな術師に名を」
『精霊術師ウォールの名を授ける』
「ではウォール、契約精霊に名を」
「えっ?!………えっと『ウェーブ』」
慌てて答えたアクア様が微笑ましくて笑みが少し零れてしまった。
「この時をもって精霊術師ウォールと水の精霊『ウェーブ』の契約がなされました」
そう宣言すると『ウェーブ』の名を貰った精霊は八、九歳くらいの少年に姿を変え、アクア様のもとへ駆けて行った。
『よろしく〜ウォール』
「よ、よろしく…」
「精霊術師として活動する時はウォールを名乗るといいですよ。精霊たちは精霊名で呼ぶので」
「は、はい」
戸惑うアクア様と、嬉しそうな笑みを浮かべるウェーブ。割とお似合いだと思う。
「なぁ、ノア。俺の知っている契約の仕方と違うんだが?」
不思議そうなクラン。周りも少し疑問を持っているようなので説明をする。
「クランが知っているのは簡単で繋がりの薄い契約なんだよ。繋がりの薄い順で言えば、仮契約、精霊と契約者二人だけで結ぶ契約、証人をたてて結ぶ契約、最後に精霊の女神『オリジン』またはその契約者の宣言のもとに結ぶ契約。後者になればなるほど繋がりは強くなり、精霊の力も強くなる。だからアクア様の精霊は少年くらいにまでなった」
精霊の姿はその力の強さをそのまま表すからね、と続けると、感心したような反応が帰ってくる。
そもそも後者になればなるほど精霊の信頼が不可欠であって、一般的に知られるのは仮契約と証人無しの契約になってしまった。
「ではウィリアム様」
「あ、あぁ」
ウィリアム様を手招きし、先ほどアクア様を呼んだ位置に立ってもらう。
「ノアさん、でん……ウィリアム様と契約する精霊は_」
「今から呼びます」
ウィリアム様は会った時から仮契約がされているような感覚があった。仮契約というのはされている人間も気が付きにくいものなのでウィリアム様が知らなくても仕方ない。
「『サラマンダー』」
ウィリアム様が契約するのは火の精霊王。
アクア様がさっき殿下と言いかけた気がするし、帝国の皇族は精霊との契約が義務付けられているのでウィリアム様は皇族。と、すれば火の精霊と相性がいいのも納得がいく。現在の皇帝陛下は火の上位精霊と契約していたはずだし、先代もそうだったと聞いている。ウィリアム様もその力を色濃く受け継いだんだと思う。
『やっと契約できんのか!』
赤い炎から出てきた男は喜びを前面に出して近づいてきた。静かにしていればそれなりに美丈夫だと思うのだけど…。
男_サラマンダーは炎のような赤い髪に赤い目をしている。今は羽を隠しているようだけど羽も燃えているように赤い。初めて見た時は燃えているのかと本気で思った。
サラマンダーはいつの間にか目的を忘れて話し込む悪癖があるのでさっさと契約を済ませることにする。
「火の精霊王『サラマンダー』新たな精霊術師に名を」
『精霊術師ランの名を授ける』
「この時をもって火の精霊王『サラマンダー』と精霊術師ランの契約がなされました」
サラマンダーは火の精霊王で、オリジンのように元から名前がある。だから、アクア様の時のように精霊に名前を付けることはしない。
まぁ…めったに精霊王と契約できないしね。
「精霊王……?」
「彼は『サラマンダー』。火の精霊王です。気まぐれで、契約者は強い人が好みです」
アクア様が困惑したようなので、簡単に紹介する。サラマンダーは契約するなら強い人間がいい、らしい。なんでも、「強い奴をもっと強くしたい」のと「力比べがしたい」そうだ。
おそらく今回はウィリアム様に目をつけたものの繋がりが薄い契約をするつもりがなかったために私が来るまでは契約していなかったのだろう。
『契約しなくてもいいのなら美人の方が好きだがな!』
……失礼。胸張って言うことじゃないと思うのですが。
容姿だけで判断して契約しないのならいいのかもしれないけど、サラマンダーは物をはっきり言いすぎてしまうふしがあるからトラブル不可避だよね?絶対「お前好みじゃねーんだよなぁ」とか「美人じゃない」とか言うんでしょ?修羅場になるんでしょ?勘弁して。
『さて、ラン。何か願いがあるだろう。契約記念に叶えてやろう。叶えられる範囲でな!』
ここでどんな願いでも叶えてやると言わないあたりいいけど、そんなに威張ることじゃないと思う。ていうか、契約記念って何?絶対面白そうだからって口実に作ったやつだよね?
「……愛し子はどこにいるのか知りたい」
__んん?
少し悩んだ末にウィリアム様は真剣な目をしてそう言った。
『……そんなのでいいの?それ精霊に聞くまでもないでしょう?』
口をはさんだのはオリジン。いつきたんでしょうね。オリジンの言葉には完全同意ですけど。
『すぐ傍にいるんだから聞くまでもないでしょ?ねぇ?』
そう言ってこちらに視線をやるオリジン。自然と全員の視線が集まる。
言えって?さいですか。でもですね?皆さん私よりもオリジンを気にしませんか。無理だろうけど。
「……僕が愛し子ですが」
クランやウィリアム様たちが驚いたのがわかる。
言うつもりはなかった。そもそも面倒ごとを避けるために帝国で冒険者をやってきた…つもり。でも面倒ごとは避けられてないね。うん。教会で愛し子だって言った時点で無理だったわ。
「そ、そうだったのか」
驚いた様子のウィリアム様たち。今日は驚いてばっかりですね。はは。
『オリーが言っちまったから別の願いを言えよ』
サラマンダーがそう言うと、ウィリアム様はしばらく迷った後重々しく口を開いた。
「アクアの妹がどうしているか…教えて欲しい」
2020/05/22 文の付け足し、多少の変更