四話『変われない』
フィルマリア王国での婚約破棄と勘当、国外追放。あれから2年が経った。
帝国での暮らしにも馴染み、冒険者の生活にも慣れた。ランクもBになった。ギルドでは『金色の精霊術師』なんて呼ばれるので恥ずかしいったらない。ただ、皆私が男だと思っているので心が痛い。女性には異性として好意的に取られているし、男性に関しては
「女だったらいいのに」
と何度か言われた。ごめんなさい、女です。でも、どうしてそう思ったのだろう。まぁいいか。
教会ではルイくんが神父様に私のことを伝えた当初は行く度に仰々しいほどの歓迎をされた。まぁ、嫌だと言ったらすぐにやめてくれたけど。ただ私が教会に行くと必ずルイくんは呼ばれてくる。本人が言っているのか、周りが勝手に言っているのかは知らないけど、嬉しそうにしてくれる様子を見る限りでは前者なのだと思う。というか、そうだった方が嬉しい。
ルイくんは感情を表に出すようになった。喜怒哀楽がはっきり出るようになって子供らしさが戻ってきた。それに加えて、他の孤児たちの面倒をよく見るようになりお兄さんって感じ。可愛い。
今日は依頼は受けず教会を訪れた。
「ノアにーちゃんだ!」
「本当だ!ルイおにーちゃん!ノアおにーちゃんが来たよー!」
ルイくんを呼びに駆け出す子どもたち。なんて微笑ましい光景だろうか。
「ノアさん、今日はどうしました?」
6歳の女の子に手を引かれて出てきたルイくんはなぜかエプロンをつけていた。なんだかんだで似合ってるからいいと思うけど……なぜ?
「実は皆に勉強を教えようかなって。できないより出来た方が大人になった時も困らないしさ」
もちろん、やりたい人だけでいいんだけどね。と続けるとその場にいた全員がやりたいと声をあげた。
本当に良い子たち。この2年で4人の孤児が仲間入りしている。2人は私が依頼を受けていた時に魔物に襲われていた姉妹で、その時に不運にも両親を失った。ただもう2人は魔物の森に捨てられていた。1人は容姿が少し変わっていたから忌み子と散々罵られた挙句、捨てられた。もう1人は魔物に襲われた時に囮として捨てられた。こんなに良い子たちなのに、大人たちは…この世界の管理者は試練を課すのが好きらしい。
言っておくとオリジンは精霊たちを束ねる女神であって管理者ではない。管理者はオリジンたちよりも力が強い_オリジンいわくオリジンたちの親の様な存在だそうだ。
「ノアさん、よく笑うようになりましたね」
ルイくんはいきなりそう言う。
「前から笑ってたと思うけど」
「僕以上に本音をうまく隠した笑顔だったじゃないですか」
そう言われれば、そうなのだろう。
フィルマリア王国の貴族の生活なんて騙し合いだ。本音を隠し、いかに巧妙に相手を蹴落として自分が成り上がるか。そんな世界だったから、知らず知らずのうちに本音を隠すようになったのかもしれない。
(ノア、たのしいー?)
楽しい?ええ、もちろん。楽しい。人に頼られることが、人を救えることが、ただ平凡に言葉を交わせることがこんなに幸せだったなんて知らなかった。
「皆、やるからにはしっかりやらないとダメだよ?そうすればきっと自分たちにとって、とっても良いことになるはずだから」
「「「「はーい!」」」」
元気な返事に笑みが溢れる。
私は彼らに嘘をついている。女でありながら男と偽り、元貴族でありながら根っからの冒険者だと言う。だから私は嘘をつくな、とは教えない。嘘は時には必要になってくる。誰かを守るため、自分を守るため…結局は使い方だろう。
「おや、ノア様いらっしゃっていたんですね」
「神父様」
はしゃぐ子どもたちを眺めていると神父様に声をかけられた。神父様は優しい人で、孤児の子どもたちのことを我が子のように可愛がっている。
「そういえばご存じですか?」
「何がですか?」
「フィルマリア王国に精霊が現れなくなったそうですよ」
驚いた。
もともとフィルマリア王国は精霊が少ない国だった。気まぐれな精霊だから姿を滅多に現さなくてもおかしくない。それでも稀に精霊好みの魔力を持っていれば契約出来る。それなのに、現れなくなった?
_何かした?
(しらないよー?)
_じゃあ…どうして…
(けいやくしたにんげんがでていったのー)
(いまいるのはひかりのだけなのー)
精霊たちの言葉に戸惑う。
精霊と契約した者_つまり、精霊術師がフィルマリア王国を捨てたということだろうか。なぜ?他の精霊術師と接点なんてないから私が原因でないだろうけれど。
「どうしました?」
「い、いえ…そうだ。皆に勉強を教えようと思っているのですが空き部屋とかありますか?」
「そうですね__」
話を逸らしてしまった。
もう切り捨てられたと思っていた。あんなに酷い目にあったくせに滅びて欲しくないなんてそんなこと思うなんて、まだ未練があるのだろうか。
怖い。変わることが出来ないことが。未だにあんな場所に囚われているということが。
立場を捨てても、家名を捨てても、心が捨てられない。そのせいで変われない。いつまでも囚われている。
(ノアー?だいじょうぶー?)
「ノアさん?大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
精霊たちとルイくんの声にハッとする。
私は嘘をついているのに、ルイくんはそんな私を信じてくれる。嬉しいはずなのに、それが苦しい。
「ノアさん?!」
ルイくんの声を最後に私の意識は途切れた。
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暗い世界にいた。誰もいない。ただただ真っ黒な世界。
_愛サレタイ
_愛シテホシイ
_ドウシテ愛シテクレナイノ?
_私ハココニ居ルノニ
_助ケテ
その声に耳を塞いだ。知らない振りは慣れている。昔からずっとやってきた。今まで、耳を塞げば直ぐに聞こえなくなったもの。
なのに今回は違う。いつまでもいつまでも声が聞こえる。耳を塞いでいるのに。
_ナンデ認メナイノ?
_ドウシテ耳ヲ塞グノ?
_モウ嫌ナノニ
_悲シイノニ
違う。これは私じゃない。だって苦しいわけないもの。今までだって笑えた。楽しかった。幸せだった。たとえ一方通行な愛でも、それで良かった。
これ以上声を聞きたくなくて頭を振る。すると、やっと声が聞こえなくなった。ホッと息をつくと誰かの呼ぶ声に意識が浮上した__
次回五話『出会い』
2020/05/18 多少の文の付け足し