三話『教会での出会い』
フェアリって意外にあっさりしてる様に見えるんです。なんででしょう。
「こんにちは。今からお祈りってできますか?」
「そんなに遅くならないなら大丈夫ですよー」
笑ってそう返してくれたのはちょっと小柄な男の子。ここに来る途中で教会の管理をしているのは孤児院の人たちという話を聞いたからこの子もそうなのだと思う。
とりあえず祈ろう、と手を組み膝をつく。
_女神様。いつもありがとうございます。精霊たちにも良くして頂いて凄く助かっています。
『それくらい当然よ〜!よく来たわね〜わたくしの可愛い愛し子』
心の中の言葉に返事が返ってきて慌てて伏せていた顔を上げる。
目の前にいたのはまさに女神。
さらさらキラキラとした長い銀髪は緩やかに波打ちながらその方の腰まで伸びている。角度によって色が違って見えるその瞳はまさに最上級の宝石。向こう側のステンドグラスまで見えてしまいそうな透き通った白い肌。スラリとしているのに出るところは出ている身体はその方の神秘さをもっと強くしているように思う。先程聞こえてきた美しい声もその方のものだろう。
その方の姿に見惚れ何も言えずにいるとその方はニッコリと微笑んで言った。
『わたくしはオリジン。全ての精霊を統べる精霊であり、この国で信仰されている女神よ〜。さぁ、ノア本契約しましょう!』
その言葉に頷いてしまったのは、その微笑みを歪ませたくなかったからか、それとも逆らってはいけないと…そう思ったからなのか。
え?精霊名を持っているんだから契約しているんじゃないのかって?
私がしていたのは仮契約。仮契約でも自己防衛程度の精霊の力を借りることは可能。私の場合は、私が物心ついた時には既に仮契約状態。いったいいつ仮契約したの…?この仮契約、いわばマーキングみたいなもので事情があってその時は契約できないけどほかの精霊に取られたくない時にやるそう。
まあ、基本的に一人の精霊としか契約しないだけで魔力があるなら二人でも三人でも契約はできる。ただそれに耐えられるほどの魔力の持ち主が驚くほど少ないだけ。事実、過去に二人以上の精霊と契約したのは五人。私のお母様もその一人で地の精霊王と水の下級精霊と契約していた。
そして、女神様と契約すれば私もその一人になる。光の精霊とは数年前に契約済み。それでも女神様と契約しても余裕くらいの魔力がある。
『ノアは何か願い事はないの~?一つくらいならかなえてあげられるわ~』
そう言われて戸惑う。
今までは父や婚約者に愛されたいと思ってた。でも裏切られた今、愛されたいと願うほど私は愛に飢えているわけでもない。いや、本当は………ううん、どうでもいいことだ。それに、作られた愛ほど惨めなものはないと思う。
「今は特にないです」
『そう?なら、願い事ができたら教えてちょうだいね〜』
そう言って女神様は笑う。その笑顔にぼんやりとしたお母様の笑顔が重なる。
『の、ノア?どうかしたの?』
気がつけば涙がこぼれていた。
優しかったお母様。真っ直ぐでよく笑うお母様。早くに亡くなられたお母様。いなくなったお母様の場所はずっとぽっかり空いたままだった。
お父様は決してお母様を愛していたわけじゃなく、お母様のこともまた妻としか見ていなかったのだと思う。あんなに沢山の医師のもとを訪ねていたお父様を疑いたくはないけど、そうとしか言えないのだもの。お母様の葬式が終わった時、お父様はやけにあっさりしていて、私に愛情を向けることも、同情を向けることもなかった。あるのは『お前は役に立てよ』という視線。役に立たなければ捨てられる。役に立っても褒めて貰えない。誰かに話してしまいたかった。でも、誰にも言えなくて。吐き出せなくて。
「申し訳、ございません…女神様。お母様のことを思い出してしまって…」
『ノア…』
心配そうな声が近くでする。もしかしたら慰めようと寄って来てくれたのかもしれない。
(ノアーなかないでー)
精霊たちも心配して寄って来てしまった。
涙を止めようと深呼吸を繰り返していると、急に温もりに包まれた。人の体温ではなくて心地いい魔力の温もり。顔を上げると女神様が私を抱きしめていた。
『ノア、寂しいわよね。私たちは精霊。貴女の母の代わりにはなれないけれど、友人にはなれるでしょう?私たちは貴女の味方。貴女を愛しているわ。だからね?ノア、どうか女神様なんて呼ばないでちょうだい。友だちは名前で呼び合うものでしょう?』
下手な慰め方に自然と笑みがこぼれる。暖かくて優しい魔力の女神様_オリジン。小さいけれどキラキラした可愛い魔力の精霊たち。そんな彼らが私の友だち。
「嬉しい。ありがと、オリジン」
心の底からの笑みを向けると、オリジンは心底嬉しそうに私を抱きしめた。
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「め、女神様?」
しばらくそうしていると困惑したような声が聞こえた。振り向くとお祈りの前に話した男の子がいた。その表情は困惑と驚愕。
どう説明しようかと考えていると、オリジンが男の子に向かって話しかけた。
『貴方はいつも教会の掃除をしている子ね。驚かせてしまったならごめんなさいね。久々に力の強い愛し子に会ったものだから。愛し子の名はノア。よく覚えておきなさい。もしこの子に危害を加えれば…隣国のような国になるでしょう』
「っ!は、はい!わかりました!神父様にも伝えます!」
男の子は少し緊張した様子で返事をする。
隣国というのはフィルマリア王国のことだ。
フィルマリア王国は元々あまり精霊と契約できない国。そのためフィルマリア王国で精霊と契約している『精霊魔法使い』は王国でかなりの地位につける。私は契約していることを隠していたからあんなにあっさり国外追放を言い渡されたけど、もし知られていたら…奴隷の様な生活を強いられたかもしれない。だけど知られていなくても……。
オリジンは男の子の返事を聞くとどこかへ行ってしまった。さすが、気まぐれな精霊の女神様だ。
「君、名前は?」
気まずい雰囲気を振り払うため男の子に問いかける。
自分から名前を聞くなんて初めてかもしれない。大抵は聞く前に名乗ってくれるし、ほとんどの人は聞いても私には聞こえなかった。何気に初めてのことでドキドキしてる。けど、この男の子なら聞こえるってそう思った。
「僕はルイ。赤ん坊の頃にこの教会に捨てられたんです」
男の子_ルイくんはそう言って寂しげに笑う。
どの国に行ってもそういう親はいるのだ。我が子を捨てる親。子どもなんて、人、いいえ生き物とすら思っていない親が。お父様はまだマシだった。
でも、時々思う。結局捨てるなら、いらないと罵るくらいなら、初めから産まなければいいのだ。それなのに生まれた大切な我が子を捨てる?そんなの…いらないと言われた『子』はどうしたらいいの?悲しいだけ、辛いだけでなんにも楽しくない。そんな人生で寂しげに笑うだけなんて。
「僕はノア。事情があって精霊名を名乗っているんだ。ルイくん、明日も来ていいかな?」
可哀想だなんて言うつもりは無い。辛かったねなんて言葉をかけるつもりもない。
私はただ笑いかけるだけ。あなたは必要なんだよって。
何よりも私がお父様に望んだ言葉。何よりも私が家族に望む言葉。
ルイくんは少しの間キョトンとして、そして笑った。さっきよりも明るい笑みに心が暖かくなる。
「ぜひ来てください!ノアさん!」
弟がいたらこんな感じなんだろうな。
やっと子どもらしさをのぞかせたルイくんに手を振って私は教会をあとにした__
四話『変われない』
2020/05/18 文の変更、仮契約について多少の付け足し