二話『何もかもを捨てて』
(ついたよー)
精霊の声に目を開く。私がいるのは森のようだ。でも、フィルマリア王国では無い。フィルマリアの森であるならある程度森の名前は分かる。けれど見覚えもない。ならばここはどこだろう。
(ていこくー)
(ノアにはここちいいとこー)
特に何か違うことも無いと思うけれど、私からすればもう一つの隣国であるヴィスタリア帝国の方が好印象なのも間違いない。その1つが信仰対象の違いである。
フィルマリアは精霊信仰だった。精霊と言っても光の精霊であり、別の属性の精霊ではない。それと違い帝国は女神信仰である。それぞれの属性の精霊を束ねる精霊王たち。それを束ねる女神を信仰するのが帝国の女神信仰である。
私を守ってくれているのは様々な属性の精霊たちだ。彼ら全体での優劣はないわけでは無いが属性による優劣はほとんど無い。火は水が苦手だけど工夫すれば優劣など存在しないに等しいのだ。だから、私は光の精霊だけを信仰するのは嫌だ。精霊も女神も私にとって感謝をするべき存在だから。
それにフィルマリアは身分ばかりを見て実力があっても雇わないなんてこともあるから不平等だ。
_帝国に来たなら教会に行きたいな
(きょうかいー?それよりさきにギルドいったほうがいいよー)
_?分かった
ギルド、といえば一般的には冒険者ギルドのことだ。フィルマリアでは冒険者は少ない。というか、あまり好ましく取られていないけれど帝国には多いと聞いたことがある。貴族や商人の護衛としての依頼もあったりするらしい。まぁ、それ以上に魔物討伐の依頼が多いらしいけれども。
「あ、でも姿変えといた方がいいよね?」
さすがにドレスはまずいでしょう。
***
「こんにちは。冒険者登録ですか?依頼ですか?」
ギルドに入ると受付の女性がにこやかに笑って迎えてくれた。水色の髪に深い青の瞳。なんとなく水を連想させるような容姿をしている。けれど冷たい感じはないのがなんとも不思議。
「冒険者登録です」
「はい。かしこまりました。では、この紙にお名前をお願いします」
名前……。
名前をどう記入しようか悩んでいると受付の女性が「偽名でも大丈夫ですよ」と言う。それなら精霊がいつも呼んでいる名(世間一般では精霊名と呼ぶ)でいいかな。
紙にノアと書いて受付の女性に渡す。
「ええと…ノアさんですね。私は今日からノアさんを担当します。サリアと申します。では、鑑定などを行いますのでコチラにどうぞ」
サリアさんに案内されて奥の個室へ向かう。部屋は少し物が多いけれど散らかっている感じはない。綺麗に置かれているんだな〜。
それに、サリアさんの名前が聞き取れた。この人は悪い人じゃないな。
「はじめは鑑定ですね」
そう言った後、サリアさんは水晶に触れるよう言う。どうやらこの水晶には鑑定の魔法が付与されているらしい。
こういう魔法道具って誰が作ったのかしら。とっても便利よね。
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体力 59,000
【適性】
剣術、弓術、体術、槍術etc.
魔力 測定不能
【適性】
魔法、魔術、精霊魔法etc.
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意外に多かった(?)かもしれない。
「えーと……Eランクからでも大丈夫ですか?」
「ええ」
そう言うと安堵した様子のサリアさん。まぁ、あくまでも魔力や体力は実力と比例するかはわからない。私は王太子の婚約者だったこともあって制限はあったけど精霊と抜け出しては魔物と戦った。だから、そこらの冒険者より戦える自信はある。比較対象なんていなかったからわかんないけど。まぁ、それはそれ。これはこれであるので私だけ飛び級もよろしくない。ので、サリアさんの判断は間違ってない。魔力や体力の高さから自分の力を過信する者の方が多いこともあってギルドの受付としてはめんど_不安なことが多いだろう。
「はい。これがギルドカードになります。身分証としても使えますのでなくされませんように」
「はい。ありがとうございます。ではまた今度」
登録も終え、そう言って立ち去ろうとしてふと思い出した。どうでもいいと言ってしまえばそれまでだけど確認しておきたい。
「あ、僕って男に見えます?」
「え?はい」
不思議そうに。だけれどしっかりと頷いてくれた。
「そうですか。それはよかった」
もしかしたら少し良家の坊ちゃんくらいの認識にはなってしまったかもしれないけど男として認識してくれるならありがたい。女性にはこの界隈はちょっと手厳しいから。
ちなみに、私の見立てでは今の格好は完全に男だと思う。服はちょっと裕福な家の子が着るような男物。胸にはサラシを巻いているので体型からはバレないと思う。たぶん。不安だからこの後ローブを買っておこうかな…さっきドレスを売ったお金だけでは足りなかったのよね。母譲りの先は少し紫がかった金の髪はゆるく束ねて流している。短く切る方がいいのだろうけど母と私の繋がりを1つでも切ってしまうのは嫌だった。ちなみに私の紫の瞳は母のお祖母様、私の曾祖母にあたる方譲りだそうだ。
姿を変えたのは万が一フィルマリアの知り合いと会ってもすぐにはバレないようにするため。あの王子は国外追放と言っていたけれど、他の貴族に連れ戻されると思う。あの人たちのあの目は邪魔者がいなくなったからじゃなくて好きにできる者が出来たことによる喜びの目だった。公爵令嬢だった娘に何をしようと問題などありはしない、というのが彼らにとってご褒美だった。それこそ辱めようがいたぶろうが許されるのだから。
(きょうかいいくー?)
ギルドの外に出ると精霊たちが話しかけてきた。
フワフワと宙に浮かぶ姿は可愛らしいのだけど……実は大抵の子は脳筋さんだったりする。王太子がひどいことを言った日など、危うく王太子の息の根が止まるところだった。あの時は王太子のことを想っていたからなんとか止めたけれど、今回は私に任せてほしいと頼み込んだ。
_うん。行くよ
(めがみさまにいっとくー)
_お願い
そうして何人かの精霊は姿を消す。女神様に伝えに行ったのだと思う。
私は愛し子だけれど、加護を与えてくれている女神様とは会ったことも話したこともない。なので、今とてもワクワクしている。
「楽しみだなぁ」
この日、私は何もかもを捨てた。フィルマリア王国の令嬢の私を。王太子の愛を願った婚約者の立場を。何より父に愛されたいと願った、フェアリ・ノア・ヴルガータを。
私は今日から冒険者のノアだ。お母様がくれたフェアリの名はしばらくお休み。
私は教会へと歩みを進める。どうか、この先の未来が私にとって救いであることを願って__
男装女子っていいですよね〜
次回三話『教会での出会い』
2020/04/25 帝国の森の中での場面とギルドでフェアリの姿について話す場面を少し訂正しました