十話『決意』
「おはよう。ノア」
「…おはよう、ございます。ウィリアム様、アクア様」
学園に向かおうと宿を出るとアクア様とウィリアム様が壁にもたれかかっていた。待っていたのだろうか。
「陛下が三人で行動するようにと言っていた。ノアも王宮から通う方がいいとは思うが…宿の方がいいだろうか」
ウィリアム様がそう言うので、少し考える。一緒に行動するのはいい。けれど、王族でもなければ他国からの客でもない私が王宮の一室を借りるのは少し…いや、かなりいけない気がする。
「言っておくが、愛し子という時点でかなり地位が高くなるぞ」
「…では、王宮から通わせて頂きます」
ならいいか、と思ったのはナイショの話。
✣✣✣
「こっちが図書館。これらの本は__」
ウィリアム様とアクア様の学園の案内を受けながら、それにしてもと先程のウィリアム様たちのクラスの様子を思い出す。
『精霊術師のノアと申します。基本的には殿下たちの精霊術指導にあたらせて頂きますが、その他の授業も共に受けたりすると思います』
そう言って集まった視線は、ほとんどが好意と尊敬だった。悪感情以外を向けられたことがほとんどなかったから知らなかったけれど、好意や尊敬の視線はなんだかくすぐったい。平民だからと蔑むでもない。貴族だからと優遇するでもない。平等とは正にこれだと思った。
この学園、恐らく他の学院などもそうなのだろうけれど制服がシンプルで動きやすい。シンプルと言っても地味でもないのだから帝国は凄いと素直に感心する。
フィルマリア王国の制服はとてもじゃないけど身につけたいと思えるようなものじゃなかった。飾りが多く、一色一色が己の色を主張して落ち着かない。何よりいざという時に動きづらい。『お前にあの学園に通う資格はない』と公爵に言われるまでの数十日しか着なかったけれどね。
「___ア?…ノア?聞いているか?」
「え、申し訳ございません。考え込んでいました」
思いの外考えることに集中してしまったようだ。何度も声をかけられていたみたい。
「何か問題がある訳では無いのか?」
「はい」
納得してはいないだろうけれどこれ以上聞かれないように笑って歩き出す。
線引きは大事だ。生きてきて、学んだこと。必要以上に自分の側に引き込んでしまえば裏切られて傷つくのはわかりきっている。
だから、近づかせない。理解させない。
私が私であるために。
私が幸せであるために__
✣✣✣
線引きをされている。そう感じた。
ノアは必要以上に話さない。というか、何かを考えていることが多い。
愛し子が現れたと報告があったのが2年前。ノアが冒険者ギルドで活動し始めたのはその数日前だったようだ。
突然現れた愛し子ノア。『事情があって精霊名を名乗っている』というノア。
予想だが、フィルマリアで何らかの問題に巻き込まれたのでは無いかと思う。先程クラスで向けられた好意には慣れていない様子だったし、貴族と民の関係についても少しばかり驚いていた。それに驚くのはフィルマリアの国民だけだろう。
ただ、案内中に意識を別のところにやるのはやめて欲しい。この学園の構造は把握しておくに越したことはないからな。
まぁ、何かを考えることに集中するのはノアに限ったことではないが。
「アクア、いつまで考え込んでいるんだ?」
「えっ、あ、申し訳ございません」
アクアはノアに会ってからこの調子だ。声をかけないといつまでも考え込んでいる。記憶の中にある何かを必死に探しているような、そんな雰囲気。
「…ふぅ、次は精霊術の授業だ。今日から実技もやるらしいから早く行くぞ」
もしノアやアクアがあの国に行くと言うなら、一線を越えることも躊躇わない。
もし、あの国が帝国に手を出すならば容赦はしない。
傷つけられる痛みを、己がしてきたことの罪深さを知るといい_




