庭野 正
「今日は部活休み?」
「じゃあ、一緒に帰ろっか?」
放課後 教室で帰る準備をしている彼女を見つけたので声を掛けた。付き合っているのが周囲に知られた以上そういう風に振る舞わなければならないだろう。俺は優しい彼女想いの男を演じるのだ。
「うん、今日は休みだから今から帰る」
嘘つきだね君も。さっき楽しそうに会話しながらテニスコートに向かう女子テニス部の生徒を4人くらい見たけど。
「よかった、俺も今から帰るところだから」
「俺も休み……帰宅部はいつも休みか……」
別に部活を休む理由を詳しく聞くつもりはない。好きじゃなければ部活なんてやる意味はない。俺はいまだに部活の勧誘を受けるが、どの部活にも入るつもりはない。レギュラーの座を奪われたとかいう変な恨みを買うくらいなら帰宅部でいる方が楽だ。
「うん、そうだね」
彼女は断ることはなかった。それもそうだろう。部活を休みと言ったのだから断る理由がない。
「それっ、重いでしょ?」
「いいよ。俺が持つよ」
通学鞄くらいなら2つくらい余裕で持てる。
それくらいは男としてさせてもらう。
「元気ないみたいだけど大丈夫?」
「ちゃんと ご飯食べている?」
彼女が傷付いていることは、彼女の目を見ると分かった。いや嘘だ、そんな能力は俺にはない。
俺たちが付き合ったことで学校で何か変化することは予想できた。今何が起きているのかは何となく耳に入ってくる。
普段なら傷付いている人がいようが何かしてあげようとは思わない。どうせ嘘泣きでもして誰かに泣きついて相談するんだろうから。
ただ、彼女は、本当は傷付いているくせに強がってそんな素振りを見せない人間だから、誰にも相談しようとはしないだろう。そんな人には少しだけ話を聞いてあげたいと思う。
「ねぇ?」
「いつまでそれでいるつもり?もう誰も見ていないでしょう?」
「これは本当に心配してるんだよ」
「俺が一緒に弁当を食べようか?」
ハブられたのだろう。彼女は1人寂しく弁当を食べているらしい。これだから人間は嫌いなんだ。ちょっとしたことですぐに関係を壊す。友情は恋愛の弱点属性か、友情が恋愛にかなうわけがない。
「人は恋のためならば友だちを裏切ることが出来る。何故なら、人間本来の目的である遺伝子を残すことに友だちはまったく必要ないのだから……」
安っぽい恋愛小説の冒頭に書かれていた言葉なのに何だか奥深い。
「大丈夫 私は、1人が好きだから」
「ひとり焼き肉とか ひとりボウリングとか、私 全然出来るタイプだと思うし、何ならひとり遊園地でも楽しめる自信はある。まあ、そんなくだらないところには行かないだろうけど」
「そう 別に……1人が好きならそれでいいけど」
「1人になった方が人間は強い。1+1は10になることもあるけど、マイナス5000になることもある」
1人が別に悪いわけではない。美味しいものは1人で食べても美味しいし、1人なら誰に気を使う必要もない。
「もうほとんどのが知っているようだな俺たちが付き合っているってことを。まあ付き合っているふりだけど」
「そりゃそうよ高校ってそういうところだから」
「誰か1人に話したらあっという間に噂は広がって皆が知ることになる。悪い噂なら大半が知るには、5日もかからないかもね」
「まあ、バレるように望んだのは俺だから構わないんだけど、流石に早すぎない2日でって?」
1週間くらいでこのことは知れ渡るのかと思っていたが2日。かかったのは、たった2日だった。これで少しは俺に対する女子たちの対応は変わると思ったがほとんどは変わらなかった。ごく一部は俺に対して挨拶すらしなくなったが、その人たちは所詮そのレベルの人間だったと。
「今日の現代文、本当に退屈だった~」
「今回の現代文のテストヤバそうだな」
「赤点はとるわけにはいかないな。単純に恥ずかしいし」
現代文の授業を受けていた8割の生徒が退屈と感じただろう。先生の説明する声は小さく聞き取りづらいのに授業のスピードだけは早い。
「ねえ、現代文教えてよ?」
何気なく彼女に聞いてみた。せっかく付き合っているふりをしているのだから、勉強を教えてもらえるのなら教えてもらいたい。使えることは使いたい。
「え?私が?」
「別に、私が教えられる部分なら教えてあげてもいいけど」
「本当に?じゃあ 頼むよ」
「今日は無理だから、明日とかなら空いているけど そっちはどう?」
「俺?俺は大丈夫だよ。じゃあ明日図書館で」
「学校が終わってから2人で図書館に行こう」
学校が終わって2人で図書館に行こうと約束をした。現地集合は嫌いだ。予定が入ったとか言い訳をされて土壇場でキャンセルされる可能性があるからだ。




