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遭遇

 ちょっとした広場。周りでは家が燃えていた。木が焼ける乾いた音がして、肌に熱が伝わってくる。煙の臭いが鼻を刺してきた。


「なんだ、こいつは?」

「妙な呪いを使う連中はいい加減見飽きたが、空を飛んできた奴は初めて見たな」


 竜にまたがった騎兵が言葉を交わす。

 映画とかで見たような、あたしの感覚だとクラシック緑色の軍服に帽子。それぞれが槍を構えて長い銃を背負っている。

 一人、帽子の飾りが豪華な奴がいるのは隊長格なんだろうか。

 構えている槍の穂先には血がついていた。


 顔立ちが明らかに今まであった泰の人達、黒髪に黒い眼の東洋風な感じとは違う。

 帽子からは金色の髪がのぞいていて、体格も明らかに大きい。


「ああ……君が漂泊道士か?これは来たかいがあったな」

「なぜこんなことをするの?」


 目につく範囲だけでも、何人もの人が倒れている姿が見える。

 踏み固められた地面には赤黒い血のシミが広がっていた。服装を見るに、明らかに単なる村の人達で道士でも兵士でもない。


「勘違いしては困る。我々は治安を乱す漂泊道士とやらを逮捕しに来たのだ。見給え、この惨状を」


 そういって男が周りを槍で指す。


「道士とはなんと卑劣なことか、民を手に掛けるとは……まったく許しがたいぞ」

「てめえらがやったんだろうが!このクソ野郎!」


「申し開きは裁きの場でするといい」


 鬼蘭が怒りの声を上げるけど、大げさに指揮官らしき男が手を振った。


「しかし、諸君。今日は我々に幸運の神の御加護があったようだ。漂泊道士をとらえに来たと思ったら、角持ちの生き残りまでいるとは」


 そう言って一人が鬼蘭を槍で指す。


「女だと価値が高いときくが、しばらくは遊んで暮らせるか?」

「前の獲物は金貨10袋で売れた。今ならもっといい値が付くだろう」


 売れた、ということは。こいつは一度は鬼蘭の同族をとらえて売ったってことだ。

 珍しい獣扱いとしてほとんどが西夷に連れて行かれた、という太婀さんの言葉を思い出した。


「そりゃすごい。休暇を申請して本国に帰るか」


 男たちが気楽な口調で言っているけど。

 背筋が冷える感覚がした。鬼蘭が目に涙をためて歯を食いしばっている。今にも噛みつきそうな雰囲気で、こっちまで怒りが伝わってきた。


「さて、気づいているかわからんが、君たちは包囲されている」


 鬼蘭の雰囲気に気づいているのかいないのか。そう言って隊長が槍を掲げて振った。歩兵への合図だろうか。

 竜があたしたちを囲むように扇状に位置を取る。


「角持ちはあまり傷つけるなよ。価値が落ちる。それにその漂泊もな。痛みで叫ばれては興が削がれる」


 品の無い顔であたしを見る。何をしたいのかは察した。

 道術の練習はしたけど、意識して人に使ったことはない。でも、なんというか、こいつらなら遠慮しなくていい気がしてきた。


「降伏するなら痛い目を見ずに済むが……そのつもりはなさそうだな」

「やれやれ。困ったお嬢さんだな」


「鬼蘭……落ち着いて」


 小さく声をかけると少し雰囲気が緩んだ。


「あなたはあいつらを倒せる?」

「挟み撃ちさえされなければ……」


 鬼蘭がどのくらい強いかあたしはよく知らない。

 龍騎兵には刃が立たない、というなら笑えない話だったけど。一人で突撃していくだけあって、対抗はできるわけだ。ちょっと安心した。

 

 不意に後ろで銃声が響いた。振り替えると銃の発砲の煙が断続的に上がっている。

 羚羊と太婀さんが仕掛けたか。銃兵がこっちに進撃してくるのを見て背後をついたんだろう


「君らにも援軍がいるようだな」


 数で勝っているのがわかっているのか、まだ余裕な口調だ。

 それになんとなくなんだけど。泰の道士はおそらく西夷の竜騎兵とかに相当手酷くやられたんだろうな、と感じる。なんというか、いまいち緊張感が伝わってこない。


「姐さん……すまねぇ、俺のために……」


 ちょっと微笑み返してジャケットの内ポケットの符を確かめる。

 自分で作ってみてわかったけど、符は龍脈の力をためるまでに時間がかかる。書けばおしまいってわけじゃないから量産はできない。


 何枚か書いてうまく描けなかったのもあって、前からあったのも含めて符は11枚。

 4枚を羚羊と太婀さんに渡したからあとは7枚。他に、実験で作った小さめの符。

 村に戻ればあと何枚かはあるけど、今は弾数の制限がある。


 自分で言うのもなんだけど、素手で戦うなんてことになったらあたしは何の役にも立たない。

 この枚数の間にケリをつけないといけない。

 符を一枚取り出した。気配が変わったことを察したのか、竜があたしを睨みつけて威嚇するように牙をむき出す。 


 ……ふと、不思議に思った。なんであたしはこんなことをしているんだろう。

 助けられたとはいっても、特別な義理があるわけじゃない。自分で言うのもなんだけど、正義感にあふれてるってタイプでもないのに……バカみたいだ。


 でも、それは後で考えよう。

 符に意識を集中すると視界が暗くなった。選ぶのは炎のアイコン。

 不思議なくらいに感覚が澄み渡って感じた。暗い中、羚羊たちに預けた符の位置が水面に波紋を立てるようにその位置を感じる。

 離れたところの符を使って術を使う。練習では成功したり失敗したりだったけど。今、自分がそれをできることに疑問はなかった。


火點燃了ひよ・おこれ!」


 あたしが立っているところから波のように力が走り抜ける。同時に草原の4か所から炎が吹き上がった。



 後ろから悲鳴が上がってばらばらに銃声が聞こえた。竜騎兵達があわてて周りを見渡す。

 半身になって振り返ると草原に火柱が吹き上がっているのが見える。成功だ。

 兵士たちの悲鳴がここまで聞こえてきて、隊列が乱れるのがこっちからでもわかった。

 これで包囲に亀裂を入れるくらいはできたはず。周りは羚羊と太婀さんにまかせる。


 「炎だと?」


 最初に動いたのは鬼蘭だった。

 わずかに目を切った間に正面の隊長格の竜の前に踏み込んでいて、跳ね上げるような回し蹴りが竜の顔につき刺さった。

 小柄な体とは思えない重い音がして、格ゲーのヒットエフェクトのような火花が散る。竜がよろめいて後ずさった。


「殺せ!」 


 隊長が号令をした。一人が竜の手綱を引く。

 竜がワニのように大きく口を開いた。ずらりと並んだ牙の向こうの喉の奥で赤い光が一瞬ひらめく。ファイアブレスを使うのか。

 懐の符を取る。選ぶのは木のアイコン。


風牆反射(さかまく・かぜよ・はねかえせ!」


 符が消えてイメージ通りに竜巻のように風が巻き起こる。

 間一髪、火炎放射器のように吹き付けられた炎が見えない壁にぶつかったように止まった。赤い火の粉が舞いちる。

 風の壁を抜けて熱が吹き付けてきて、渦巻くように煽られた炎の塊がそのまま竜騎兵に飛んだ。

 避ける間もなく竜騎兵が炎を浴びて、マントに火がつく。騎兵が竜から落ちて地面を転げまわった。 

 あと5枚。


升起城牆たて・じょうへき!」


 足元から石の壁が屹立する。イメージは高い壁。狙い通り1体が腹の下から壁に突き上げられた。10メートル近くまで伸びた壁が竜の巨大な体を高々と空中に押し上げる。

 一瞬の間を置いて巨体が地面に叩きつけられた。鈍い音がして竜と人間の悲鳴があがる。

 あと4枚。

 

「なんだこいつは!」

「ありがとう、姐さん」


 鬼蘭が独特の足踏みのようなステップを踏むようにして駆けた。走る鬼蘭の周りに赤いオーラのようなものが浮かぶ。


「紅旗!千歩轍憧!」


 騎兵が手綱を引いて竜が火を吐く。声と同時に赤い残像を残して鬼蘭が飛んだ。

 赤い光が光って鬼蘭の体が炎を切り裂く。交通事故のような音が空気を震わせ、騎竜とともに隊長の竜が吹き飛んだ。



 アクション映画の転がる車のように、竜とそれにのった騎兵が土煙をあげながら転がって行った

 鬼蘭の倍以上の大きさがあるのに……どういうトリックかと思ったけど。あれが彼女のタオなんだろう。

 ただ、あたしより小さい……控えめに言って子供にしか見えない鬼蘭が、恐竜のような竜を吹っ飛ばしたってのは、なんか非現実的だ


 吹き飛んでいった隊長は動く気配はない。

 炎を浴びた奴はうめき声を上げながら地面に横たわっている。石壁で飛ばしたやつは足が竜の下敷きになっていた。どっちも死んではいないけど、戦闘不能なのは確かだ。

 竜はうまく躾けられているのか、主が倒れても暴れる気配はないのは良かった。


 羚羊たちのいる方からは断続的な銃声と金属のぶつかり合う音が聞こえてくるけど。

 遠目に見る限りでも兵士たちが戦意を失っているのが見てとれた。隊列が乱れて、一部は逃げ始めている。

 数で圧倒していても一度崩れれば脆いと羚羊が言っていたけど、そういうものなのかな。


 どうにかなりそうかな、と思った時。きょろきょろと周りを見渡していた竜がまるで伏せをする犬のように、地面に体を付けた。同時に風が吹き抜けてすっと黒い影が頭の上を横切る。


「なんだ?」


 鬼蘭が空を見上げて……固まった。

 ……見上げるとそこにいたのは、巨大な翼を広げた、映画で見るような飛龍だった。



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