晩餐
「こちらです」
とりあえず話はお開きになって、羚羊が案内してくれたのは、建物の一角にある結構広い部屋だった。
透かし彫刻を施した衝立とおなじような彫刻をした机と椅子のセット。片方に壁にはベッドが備え付けれている。
「お疲れではないですか?」
「それは大丈夫よ」
あのあと、鍾離さんが回復術、とやらを掛けてくれたので結構疲れは取れた感じだ。
鍾離さんの道術はケガの治癒や体力の回復、いわゆる回復魔法使いってことらしい。房中術の一種、と言われたけどあたしには意味が分からなかった。
羚羊が盆にのせた食事を机に並べてくれる。竹で作った蒸籠とあとは大きめの卵上の器だった。
羚羊が蒸籠と器の蓋を取るとふんわりと独特のにおいが漂う。台湾で食べた料理でもよく嗅いだ中国の香料っぽい。
蒸籠の中は笹の葉でくるんだ粽のようなもの、器の中はスープだった。
笹の葉の皮をむいて粽を一口かじる。あったかい粽の中には甘辛く味付けた叉焼っぽい肉とか木の実みたいなのが練り込まれている。
スープも香りは独特だけど、味はすっきりした味で疲れた体に染みわたる。
意外に、と言うと失礼だけどおいしかった。
食事をすませて部屋をあらためて観察する。
部屋はボロかった。白く塗られた壁にはめられた窓はガラスじゃなくて木の鎧戸みたいな感じで隙間風が吹き込んでくる。台湾で泊まっていたホテルとは比べるべくもない。
でも部屋は掃除が行き届いていて埃一つおちていない。
座布団やベッドに敷かれている布団も肌触りが良くて、ベッドには白い天蓋もかかっていてそこはちょっと豪華だ。
着替えも羚羊が持ってきてくれた。一日訳も分からず走り回って汗もかいたからありがたい。
与え得られたのは、紫色のチャイナドレスみたいなのと、アオザイみたいな黒いパンツに帯だった。それもとても肌触りがいい。上質な絹かなにかなんだろうってことはわかった。
少なくとも、歓迎されてはいることはなんとなく伝わる。
羚羊はずっと部屋の隅でたたずんでいる。
「ねえ、ちょっと席を外してもらっていい?」
「老士の側にお仕えするように言われています」
「じゃあ、あっち向いてて」
羚羊のことも教えてもらった。
道術でつくられた木偶とよばれるロボットとと言うかアンドロイド的なものらしい。羚羊はその中でも戦闘用に作られた特別品なんだそうだ。だから撃たれても血が流れたりはしない。修理されたのか、顔に弾痕は無くなっていてちょっと安心した。
ただ、さすがに着替えを見られるのはちょっと抵抗がある。羚羊がすっと壁の方を向いた。
「ねえ、羚羊……あなたはずっとあたしに付き添ってくれるの?」
「そういう指示をうけています」
「ねえ、なら、レオって呼んでいい?」
「……構いませんが」
4文字より2文字の方が呼びやすい。響きも似ているし。訝し気な口調で羚羊が返事をした。
「何か意味がある言葉のなのですか?」
羚羊が壁の方を向いたまま聞いてくる。
「あたしの国だと獅子って意味」
言葉の意味を少し考え込んでいるんだろう、羚羊がうなづいたのが分かった。
「構いません」
なんとなくまんざらでもなさそうな口調だ。感情が全然見えないけど、無いわけじゃないのかな。
「こっちむいていいよ」
着替えはわりと簡単に済んだ。チャイナドレスなんて着たことなかったけどなんとなくわかるもんだ。
「失礼します、老士」
羚羊があたしを上から下まで眺めて、帯を直してくれる。一応問題なく着れていたらしい。
鏡がないのがちょっと残念な感じだ。
「レオ、外にでていい?」
「構いません。お供します」
◆
屋敷の裏口から外に出た。肌寒いからジャケットを羽織っていく。この世界の季節は分からないけど、肌に触れる空気は何となく秋っぽい。
ジャケットにはあちこちに擦り傷やシミがついていた。
せっかく旅行に併せて新調したのに、今日一日で随分汚れてしまった。クリーニングに出したいけど、そんなことができる日が来るんだろうか。
村にはもう出歩いている人はいなくて、小さな家々から明かりが漏れていた。
大きめの提灯を二つ持った羚羊が先導してくれる。じき村はずれまでたどり着いた。空を見上げる。目の前には畑が広がっていて土のにおいがした。
漆黒の夜空にはきらめく星。見慣れたものよりだいぶ大きい月が出ていてすこし明るい。二つの月が重なってひょうたんみたいな形になっている。
二つの月。ああ、ぜんぜん違う、地球じゃない所にいるんだとまた思い知らされた。月は丸いけど、この世界も丸いんだろうか。
後ろを振り向くと、暗い夜の闇に村の灯りが赤く浮かび上がっている。昔山の中でキャンプをした時を思い出す光景だ
羚羊は静かにあたしのそばに立っていてくれている
「ここは安全なの?」
「城隍道術の使い手がおります。ご覧になったと思いますが、外からこの村をみることはできませんし、それなりの道術使いでなければ結界を抜けることもできないでしょう」
道士があまりいい待遇を受けていない世界だってことくらいはあたしにだってわかる。
あたしを漂泊道士として殺そうとしたあいつらのことを思い出した。わずか半日前のこととは思えない。
いずれにしても道士を殺そうとしていた組織があるくらいけど、ひとまずここは安全らしい。
「一杯飲みませんか、老士」
ふいに後ろから声が返られた。




