表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたと歌を唄う為、私は銃を持ちました。

作者: shu_to

 遥か昔は綺麗に舗装されていたと思われる道路は今はひび割れ、その下の大地からは草木が生い茂っている。周りにある灰色一色の建物は傾き、倒れ、過去の綺羅びやかさの面影すらも残していなかった。そんな寂れた()人間の集落を、バイクで走る男が一人。この国ではよく見る迷彩のズボンと、黒のTシャツにズボンと同じ迷彩のタクティカルベスト。ぼさぼさの黒髪に無精髭、眉間に皺を寄せた姿は楽しいツーリングに来たという雰囲気ではない。


「この狩り場はハズレだなぁ、せめて『MANA』くれぇはあってくれよ……っと!」


 男は一人で行動する事が長いのか、独り言を呟きながら愛車のモスグリーンのKLX250を徐行させながら周囲の灰色の建物を見渡す。そこに近付く小さい影を視認してすぐ、KLX250の側面に取り付けたレミントンM870を引き抜き、警告の声も掛けずに小さい影に撃ち込む。


 時代が時代であれば、子供サイズの動くものに警告もなしに12ゲージをブチ込むのは事案を通り越して、一部のテレビ局を除くすべての電波で報道される事件だろう。しかし、この男の生きる時代ではこうしないと生きていけないのである。死体を一瞥してすぐM870をKLX250に戻して、その場から遠ざかるようにアクセルを握る。今の銃声であの死体の仲間、ゴブリン達が寄ってくるからだ。


 先程男が言っていた『MANA』という言葉。これがすべての始まりであり、終わりであった。男が今生きている時代の遥か昔の昔、世界は石油というエネルギーを消費して日々生活をしていた。燃料や衣服、さらには容器や化粧品まで石油を使い、そして戦争をするのにも石油を使ってきた。さて、そこで困ったことが起こる。


 ―あれ、あと数十年で石油ってなくなるんじゃね?―


 世界中の国々は、石油の消費を続けながらも新しい燃料となるものを探す。地面を海底を、はたまた宇宙まで目を凝らして、頭をフル回転させて探した。しかし、見つからない。土地も少なく、周囲もうるさい日本人は考えて考えて、考えすぎてあることを考える。


 ―ファンタジーの世界のマナ、きっとこの世界にもあるだろ―


 そして見つけてしまったのが『MANA(マナ)』。『|magisterial naughty《賢人たちのいたずら》』と名付けられた万能エネルギーだった。大気中に存在していたそのエネルギーは、燃料としてだけでなく、医療や合成食料、兵器や新しい生物までも作れてしまった。そして、新エネルギーによって世界はさらに繁栄し、争い、終末戦争と呼ばれる世界規模のマナを使った戦争により、世界中の文明は機能を停止し、僅かな人間と廃墟と、マナによって生まれた生物兵器達の世界となった。


「おっし、この建物はイケそうだな。頼むぜー、うちのKLX250が腹空かせてんだ」


 正確には偵察用オートバイKLX250改、ガソリンエンジンからマナエンジンに取り替えた改良型オートバイ。そのマナタンクをぽんと叩き、男は樹木に侵食されていない建物の中に入って行く。背負っているバックパックに取り付けられたMP7A2を両手で持ち、慎重に建物内のクリアリングを行っていく。ゴブリンの下品な鳴き声や、ゾンビの不快なうめき声は聞こえてこない。


「くっせぇ! この部屋はダメだな。マナが漏れてやがる!」


 建物に入って一番最初の部屋はドアの不具合かしっかり閉まっておらず、中にあった何かが異臭を放っていた。中身に釣られた魔物か、人間か。わざわざ静かな中を見る必要もないと、さらに眉間に皺を寄せた男は次のドアの前に進む。どうやら次のドアはしっかり閉まっているようで、男の口角がにやりと上がる。もう一度周囲をクリアリングして、バックパックから取り出したのは鍵穴がついた電子部品。それをしっかりと閉まっているドアのタッチパネル部分に取り付ける。


「頼むぜぇ、マナ燃料だけでいい。いや、食いもんも欲しい。いやいや、銃と銃弾もやっぱ欲しいな」


 先程取り付けた鍵穴に、金属の棒を二本突っ込んでガチャガチャやりながら、欲望をむき出しにしていく男。そんな簡単に欲しいものが見つかれば、今の男のように危険な狩り場に足を踏み入れるものはいなくなるだろう。


 欲しいものを次々と口にしていると、数分でドアから空気の抜けるような音が聞こえてくる。どうやら鍵があいたようで、男は両手をこすり合わせながら中へと入って行く。マナが普及してからというもの部屋の中に生物がいない状態であれば、部屋中にマナが充満してその時のままに状態を保存してくれる。食べ物もまるで作りたて、機械には埃一つ積もっていない。


「お、マナ燃料! マナエイドキットに、缶詰! マナブラスター……は、まぁいらん」


 どうやら当たり部屋だったようで、男は次々とバックパックに物資を詰め込んでいく。ここを仮拠点にして、この狩り場を全部調べ尽くしてもいいかなぁなんて、この男に似合わない笑顔で独り言を呟いている。マナブラスターとは銃弾の代わりにマナを装填して撃つ銃のことで、男はリコイルがないのが気持ち悪く、発射音が変というので嫌っていた。男は知らないが某有名ロボットアニメのビーム小銃の音に似ている。


「さてさて、お次の部屋はっと……うお!」


 最初の部屋をあらかた荒らし、次の部屋に移動しようとドアを開けるとそこには、医療用マナポッドのような、ガラスで出来たショーケースのようなものに入っている、女性の姿があった。目を閉じて真っ直ぐに立っている女性を見て、男は体を硬直させる。


「この部屋マナ充満してたよな……ってことはお人形さんかぁ? 家主さんはいいご趣味をお持ちだったようで」


 そう、生物がいる部屋にはマナは充満しない。マナが充満していたということは、この女性の形をしたものは人間ではないことになる。突然動き出さないか内心ビクビクしながら、とりあえず他の場所を荒らす。いつでもMP7A2を向けれるようにしながら荒らしてみるも、目立ったものは見つからない。残るはこのまるで生きているかのような人形のみ。


「ベッドルームにお人形さんねぇ、まぁ今は亡き家主さんの詮索は止めようか」


 ブルーのロングヘアーで、歳は十代後半だろうか。目を閉じてはいるが、人形なだけあって整った顔をしている。男がガラスの入れ物の前に立った瞬間、その人形を照らすようにライトが光り出し、マナの漏れ出す音と共にガラスの扉が開く。白い煙が開いた扉の隙間から漏れ、人形が薄っすらと目を開くのが見えた男は、MP7A2を構えながら腕で口を塞ぐ。ゆっくりとショーケースから出てくる人形。


「おい、止まれ! ストップ!」


 男が声を荒げるが、人形は聞こえていないようにゆっくりと歩く。僅かに視線を左右に振って、MP7A2を構える男と目が合う。ロングヘアーと同じ、綺麗なブルーの瞳だった。


「はじめまして、あなたが私のマスターですか? 私は歌姫型songloid、名前はまだありません。さぁ、初めての歌はどこですか? それとも今から一緒に作るのでしょうか?」

「は? うたひ……はぁ? songloidだぁ?」


 女性の形をした人形、歌姫型songloidと自己紹介したそれは、銃を向けられているのにも関わらず、男の理解出来ない言葉をどんどん投げかける。目を閉じていた時に感じていた無機質さはどこにもなく、今では見た目通りの少女のようなキラキラした瞳を男に近づけて、男に歌といものをせがんでいた。


「待て待て! なんなんだよお前は、そもそも、歌……ってなんだ?」


 男とsongloidの間に沈黙が流れる。終末戦争から遥か300年、少なくとも男が生きてきた中で、歌という単語を聞いたことがなかった。


 男が物心ついた時にはすでに親はなく、同じ年頃の少年少女達と家とも呼べない場所で生活をしていた。終末戦争の影響か、元々長い年月でこの星はそうなる予定だったのか、常に温かい気候であった。東北地方の比較的大きな集落の外れの、屋根だけが辛うじてあるような所に住んでいたが、一年中寒さに凍えるような事はなかった。寒さで死ぬことはなかったが、とにかく腹が減っていた。集落の大人の手伝いをして、食べ物を貰ったりすることもあったが、毎日仕事がある訳もなく、仲間はみんな腹が減っていた。そこで目をつけたのが、近くにあった捨てられた狩り場だった。


 最初は魔物に怯えて、近づけなかった。次に行った時はなんとか恐怖を抑えて、狩り場の近くに落ちている金属を拾ってダッシュで逃げた。拾った金属は集落にいた変なじいさんに、僅かな食料と交換してもらった。半年経って、金属の棒を拾って自分に向かってくるでかいネズミを殴り倒して、皆で焼いて食った。変なじいさんに拾ったものを渡していると、ピッキングツールを渡されて、そこからは建物の中にも入るようになった。そうして男は各地を転々として建物を荒らして、正確に歳は分からないがおっさんになるまで生きてきた。


「と言う訳で、俺は歌というものは知らん。マスターでもないし、歌を知らんから一緒にも作れねぇよ」

「どういう訳なんでしょうか……歌ですよ、音楽ですよ? song、musicですよ?」


 一人と一体のsongloidの会話は平行線をたどる。お互いが理解出来ないエイリアンと会話をするかのように、距離は一切縮まらない。物理的にも精神的にも。長い間終わりのない意識のすり合わせを行っていたのだろう、昼前にこの狩り場にやってきたのに窓から見える空の色は赤く燃えるような夕日の色をしていた。


「わかりました、それでは僭越ながらマスターに歌とは何かを教えましょう」


 業を煮やしたsongloidが座っていたベッドから立ち上がり、腰の後ろ側に手を回す。男は攻撃を警戒してMP7A2を彼女に構えるが、songloidは気にする事もなくプリセットの曲を披露するのは大変遺憾ですがと、腰から取り出したマイクを口の前まで持っていく。


「それではマスター、唄います。聞いてください」


 ショーケースに入っていた時のように目を瞑り、そう言ったsongloidは目を開く。その瞬間、先程までは背中に隠れて見えなかった機械が駆動して、天使の翼のようにスピーカーが展開する。MP7A2を構えたまま呆然とする男、そして初めて聞く歌。一瞬にも永遠にも感じた三分九秒の不思議な時間。songloidが唄い終わり、ドヤ顔で視線を向けた男の第一声は……。


「馬鹿野郎、でけぇ音出すんじゃねぇ! これ持て!」

「え、あれ? え?」


 男から感動的な感想を貰えると思ったsongloidは、放り投げられたマナブラスターを手に持ち、走り去る男の後ろ姿を呆然と見送る。男はベッドルームを飛び出して、玄関の扉をゆっくりと開ける。左右を素早く確認して、最初に見た異臭を放つドアの前を通り過ぎ、建物自体に入る入口までやってくると舌打ちをする。目の前には、今の大音量を聞きつけたゴブリンの群れ。MP7A2の銃口をゴブリンの群れに向け、リコイルを抑えて左から右へ真っ直ぐ滑らす。


「あ、あのー……これ、なんですか? 紙吹雪とか出ちゃうやつですか?」

「こっちに銃口向けんじゃねぇ! あいつらに向けて撃つんだよ!」

「えぇ! ちょ、どうやって使うんですかこれぇ」

「チッ、あっちの通路から魔物がこねーか見てろ!」


 ゴブリンから視線を切らずに、タクティカルベストについているマガジンポケットから弾の詰まったマガジンを取り出し、リロードしながら舌打ちをする男。songloidはビクつきながら今来た通路の奥から、魔物が来ないかを見張っている。手に持つマナブラスターはバレルを握っていて、グリップを前に向けているが。リロードしたマガジンも撃ちきった男は、バックパックに取り付けられたもう一本の銃、HK417を取り出して撃ち始める。近くにいたゴブリン達はすでに殺し尽くし、道路に出て遠くにいる協調性のないゴブリン数匹の頭を撃ち抜く。ゴブリンの下品な鳴き声は聞こえて来なくなったが、眉間に皺を寄せたまま自分の視力とHK417に装備している四倍スコープでクリアリングをしてから、肩の力を抜く。


「あー! まじかよ、俺のバイク!」


 肩の力を抜いて周囲を見た男の視界に入ったのは、KLX250改が力なく横たわっている姿だった。すぐさま駆け寄りバイクを抱き起こす男。KLX250改はどうやらさっきのゴブリンの群れに轢かれたようだった。


「あぁ……マナタンクがボコボコじゃねぇか。ボディも傷だらけになってる……」


 肩を落としてよろよろとバイクをマンションのロビーまで引いていく男。その姿をマナブラスターを間違った構え方のままチラチラと見るsongloid。男はバイクから手を離して、songloidの服の襟を掴んで歩き出す。


「ちょっとこっち来い、ポンコツ」

「ポン……! 私はポンコツでは……あ、自分で歩けます。歩けますから!」


 二人が先程出会ったベッドルームに戻り、お互い無言のまま数分過ごす。songloidは重い空気に耐えられないようで、ドレスのようなスカートをいじりながらチラチラと男の方を伺っている。男はポケットから煙草を取り出して火をつける。煙草と言ってもこれにもマナが使用されていて、人体に害のある成分がことごとく取り除かれ、リラックス出来るだけの体に優しいものになっている。その煙草を一息吸い、ゆっくりと紫煙を吐き出す。


「おい、ポンコツ……今後、唄うの禁止な」

「な!? songloidは歌を唄う為に造られたんですよ!?」


 この時代を一人で生きる為には、限りなく音を出さずに生活し、音を出したら移動するのが鉄則であった。彼女が作られた終末戦争前の時代、娯楽があり贅沢があり、笑顔があった時代とはまったく別物の世界なのだ。こんな時代に生まれた男も不幸だったが、こんな時代に起動してしまったsongloidもまた不幸だった。銃の使い方もわからず、魔物の存在も知らない。そして、初めて出会った男になんの警戒心も持たない彼女は、まさしくこの時代を生きる術を持っていない赤子同然だった。


「分かりました……唄う事も我慢します、銃も撃ちます。でも、せめて……マスターから私に名前を」

「はぁ、だから俺はマスターなんかじゃねぇって」


 溜息と一緒に紫煙を吐き出す男。年齢が半分くらいの女性の形をしたsongloidに潤んだ瞳の上目遣いで懇願されれば、いくら今までバイクと銃と食べ物だけを見てきた男でも劣勢になる。歌だって可能であれば唄わせてやりたいとは思う、自分に作れるとは思えないが。今のところは適切な場所がないので仕方がない。煙草を吸って紫煙を吐き出してみても、名前も思いつかなければ、songloidの瞳が乾くこともない。眉間に深い皺を作って周囲を見渡してみると、songloidが立っていたケースの隣の本棚にいくつかの本が並んでいる。


「Ali……ce? アリー……セ。そうだな、じゃあ今日からアリーセだ、ポンコツ」

「ありがとうございます、マスター! アリーセ……うふふ、あとポンコツじゃないです!」


 男と瞳に貯まった水分が引っ込んだアリーセは、マスターじゃねぇ、ポンコツじゃないですと言い合っている。だが、男はどこかホッとしたような、アリーセは嬉しそうな顔をしていた。本棚にあった本は、”Alice's Adventures in Wonderland”不思議の国のアリスであった。平和の時代に造られたのにも関わらず、目覚めた時には銃を手にしなければ生きていけない、光のない時代に迷い込んでしまったsongloidアリーセ。幸か不幸かまさにぴったりな名前なのだが、男はほとんど文字が読めないのでまったくの偶然だ。



「まぁこれくらいやったら、新品同様バッチリ直るで。しっかし、songloidなぁ? 正直、聞いたことないわ。戦闘オプションまったくついてへんねやろ?」


 KLX250改を点検していた独特な訛りの、どこか胡散臭そうな眼鏡の男が、モンキーレンチをアリーセに向けて言う。彼は男の十年来の顔見知りで、KLX250改を手に入れる前から男が使っている機械類の整備をしているエンジニアだ。格好良くもなく不細工でもない顔に、貼り付けたような笑顔をしている彼の糸目が、アリーセはどうにも苦手で男の影に隠れてしまう。


「あらら、嫌われてもうた。オニーサンは見たことないかな、battoloid言うやつ。まぁ、会うたらここにおらんか」


 どこまで行っても軽いノリの長い話を要約すると、彼が診た(・・)事のあるbattoloidは右手右足が欠損していたが、それでもなお敵対した人間を文字通り這ってまで追いかけようとしていたそうだ。体の至る所に武器を装備してある一点の方角を睨み続けていたと言う。


「あれはアカンわ、自爆でもするんちゃうかと思って震えたもんや。お客はんは直したら高く売れるんちゃうか言うてオレんとこ来たんやけど、オレもお客はんもお手上げや」


 ケラケラ笑いながらバンザイをするエンジニア。結局そのbattoloidは持ち込んだ客が、集落の外で解放したらしい。その後battoloidは影も形もなく、今もまだ敵対者を追っているのかもなぁとエンジニアは言っていた。


「その点オニーサンはラッキーやったなぁ、こんなカワイイ子で。battoloidやったら、起動した瞬間蜂の巣にされてたかも知らんで?」


 どこがラッキーなんだと眉間に皺を寄せる男。カワイイと褒められて男の背中をツンツンしながら照れているアリーセ。出会いから二日程だが、強面の男に随分と慣れたようだ。


「おっし、出来上がりや! しかし、オニーサンの愛車にタンデム用の改造する日が来るとはなぁ、大きなって……」

「誰なんだよお前は。まぁ弾除けくらいにはなるだろうから、連れていくだけだ」

「……ん? マスター、今の私の事ですか!? ひどいです、私だってやればできるんですからねー!」


 バイクを受け取りさっさと歩き出す男。アリーセはワンテンポ遅れて自分の事を言われていたと気づき、男に向かって抗議の声を上げながら走っていく。


「オニーサン、今自分で笑ってたん気づいてんのかなぁ。あの誰も信用せんかった人がなぁ……案外凄いんかもしらんな、songloidってぇのは。なぁ、マスターさん?」



 その後も、男とアリーセの旅は続いていく。一ヶ月後にはアリーセがまともにマナブラスターを撃てるようになり、三ヶ月後には力いっぱい歌を唄えるような大きさの建物を見つけ喜んでいると、中が魔物の巣になっていて半泣きで逃げ帰った。半年後には曲を作ってくれとアリーセが駄々をこね、そのあとは胡散臭い眼鏡のエンジニアがいる集落で歌を唄った。九ヶ月後には防音設備がある建物を渋々探す事を約束し、ゆっくりできる拠点を探し始めた。


「ん、止まれ。なんか様子が変だ」


 男は手と声でアリーセに停止を指示する。理想の拠点を求めて二人で旅をし始めて、三ヶ月程経った。出会ってからはちょうど一年、男は不本意であったがどこから見ても息の合ったツーマンセルだった。


「なんですかアレ……小汚いおっさん達が、こっちに猛ダッシュ中ですよぉ!」


 綺麗なブルーのロングヘアーをポニーテールにまとめ、男とお揃いの迷彩ズボンに黒いパーカーを着たアリーセが一年前より汚くなった言葉遣いで言う。手に持つマナブラスターはアサルトライフル型になっていて、肩にはスリングでサブマシンガン型マナブラスターを掛けている。腰には初めてマスターから貰った物騒なプレゼント、ハンドガン型マナブラスター。


 男が目を凝らすと、必死の形相でこちらに逃げてくるおっさんの集団がやっと見える。手に持っているのは、小学生が夏休みにガラクタを集めて作ったような自作の銃。それをさらに後方に向けて弾をばら撒いているようだ。おっさん達の後方からは、マナブラスター特有の音とマナ弾の閃光。次々とおっさん達が悲鳴を上げて倒れていく。


「おい、止まれ! 何に追われている!」

「バカかおめぇ! 止まれる訳ねぇだろ、battoloidだよ!」


 おっさん達はそう言いながら、こちらにも攻撃を仕掛けてくる。アリーセと旅に出てから沢山出会った、略奪者達。集落や狩り場を回る人間を襲っては、身ぐるみを剥いでいく。目の前のおっさん達は、そんな略奪者達だった。欲をかいて、眠れる警備型battoloidを目覚めさせたのだろう。男とアリーセは、すでに爆発した後の廃車の影に隠れて、銃弾の雨をやり過ごす。男はHK417の7.62mm弾を、アリーセはマナブラスターのマナ弾を略奪者達に浴びせかける。男とアリーセ、略奪者達、そしてbattoloidの三つ巴の戦いはすでに幕を開けてしまった。


「略奪者が全部消えたら、警備員さんは見逃してくれたり……」

「しないみたいですよぉ!」


 男は舌打ちをしてワンマガジン撃ち込むが、battoloidは僅かに体勢を崩すのみ。アリーセもマナブラスターを乱射するも、こちらはマナシールドによってまったくの無傷だった。


「おいポンコツ、俺が突っ込むから、お前はこれでヤツの頭をぶち抜け」

「ポンコツじゃないです。実弾ってリコイルがすごくて、制御が難しいんですよねぇ」

「一発じゃねぇぞ、全マグ頭にまとめろよ?」

「マスターに死なれては今後の活動に支障をきたします。やってやりますよ!」


 HK417をリロードし、アリーセに渡す。代わりに持つのはMP7A2。アリーセがパーカーのポケットからマナグレネードを二つ取り出し、ボタンを押し込みbattoloidに二つとも投げつける。男はマナグレネードの行方を確認することもなく、迂回しながらbattoloidに向かって走る。マナグレネードのダメージはないものの、視界が遮られたbattoloidは一瞬遅れて男を視認する。男は自分を狙うマナブラスターにMP7A1の4.6mm弾を撃ち込み妨害する。


 マナ弾が男の頬と右腕を掠る。肉の焼ける音が聞えるが、撃ちきったMP7A2を投げ捨てbattoloidの横をスライディングで通過する。背後を取る形となった男が腰から取り出したのは、アリーセに最初に渡したハンドガン型のマナブラスター。こちらに振り返ったbattoloidの顔に向けてマナ弾を撃ち込んだ瞬間、battoloidのこめかみに火花が一つ二つ、そして三つ。アリーセの持つHK417から放たれた7.62mm弾が三発、battoloidの頭の同じ場所に直撃した。横に吹っ飛ぶように倒れたbattoloidは、男にマナブラスターを構えたまま機能を停止した。


「寿命が縮んだわボケ、もう二度と出会いたくもねぇ」

「ねぇマスター、私すごくないですか! 三発ですよ、三発同じ所に!」


 ドヤ顔のアリーセから、HK417を乱暴に奪い取りリロードをして肩に掛ける。煙草に火をつけて、無針注射型のマナエイドで自分の治療をする。確かに銃も持てなかったポンコツにしてはワンホールショットを三発、なかなか上出来の成果だったと言いかけた男は、体に何かが激突する衝撃で開きかけた口を閉じる。アリーセが無視されて拗ねているのかと思い振り返ると、そこには腹から擬似血液を垂れ流して倒れているアリーセの姿があった。


「チッ、女の方は……後のお楽しみに……」


 ガラクタを寄せ集めた銃をこちらに向け、ニヤついている死に損ないの略奪者に、HK417のワンマガジンを叩き込みアリーセを抱き起こす。


「おい、ポンコツ! 嘘だろおい!」

「あは……マスターの弾除けくらいには……なれましたね」

「ふざけんなよお前! そうだ、マナエイド!」

「私にはマナエイドは効きません……勿体無いですから、しまってください」


 バックパックから震えた手でマナエイドを取り出そうとする男の手を、アリーセはゆっくりと握る。


「私がいなくても……マスターは一人でやっていけます……」

「おい、ポンコツ!」

「ポンコツ……じゃないです。マスターがつけてくれた名前は……アリーセですよ」


 どんどんと力の抜けていくアリーセの手を、男はしっかりと握る。アリーセはそんな男を、どうしようもないやんちゃな子供を見るような目で見ている。


「あぁ……マスターと、あなたと歌を唄いたかった……」

「おい、ポンコツ……アリーセ! 好きなだけ唄ってやるから、作った事ねぇけど曲だって!」


 アリーセが笑いながら目を瞑り、そして男の手から力なくアリーセの手がすべり落ちた。男は何度も、何度も何度もアリーセの名前を叫び、アリーセの手を地面から持ち上げ額にこすり付けて涙を流した。




 ―ピー! ピー!―

 ―損傷が激しい為、スリープモードに移行します―

 ―筐体の修復が完了するまでマナの補給が出来る安全な場所で、しばらく保管してください―


「アリーセぇ……はぁ?」


 ―ピー! ピー!―

 ―損傷が激しい為、スリープモードに移行します―


「こんの……ポンコツがぁぁぁぁ!」




 男はKLX250改にまたがり、スリープモードに移行したアリーセと自分の体をロープでしっかりと巻きつける。ロープが緩んでアリーセを落としたら、文句を言うまでの時間がさらに伸びる。マナエンジンを起動させ、ゆっくりゆっくりアクセルを回す。向かうのは、あの胡散臭いメカニックのいる集落。たまにはゆっくりするのもいいかも知れない。


 ―ピー! ピー!―


「うるっせぇなこのポンコツ。止まんねぇのか、この音」


 目を閉じて男の体にもたれ掛かっているアリーセの頭を、軽く小突く。静かなマナエンジンの音にかき消される程小さな、本当に小さな音量で、男の鼻歌が聞こえたような気がした。


読んで頂きありがとうございます。


三人称視点の小説の練習として書きました。

なんとか今日、この時間に更新できてよかったです。

他に短編一つと連載一つございます。

よろしければ、そちらもお読みください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ