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作者: 十一六

私には弟がいます。いいやつだったと記憶しています。

最近はあまり会えていませんから、もしかしたら他の誰かの悪い影響で、女遊びだったり酒だったりを覚えて、ろくでもないやつになっているかもしれませんが。それはわかりませんが。

それでも弟はたぶん最後までいいやつなんだと思います。

都合のいいやつではなく。善いやつ、偽善の善の意味でのいいやつなんだと思います。

 弟は悪いことができない人間です。どんなに悪いことを考えていても、どんなに人を恨んでいても、弟はそれを行動には移しません。そういうふうに幼い頃から、教育という名の徹底的な洗脳をされてきました。

 私も同じようにそういう教育を受けてきました。だから私にはわかるんです。

 弟は究極の偽善者なのだと。


 弟が中学生の頃の話です。弟は父と些細なことでケンカをしました。家を出ていくよう、父にかなり強く言われているようでした。私だったら即時に出ていくぐらいの質の悪い怒声。父に出ていけと言われるのは私ならなかなかに傷つきます。ですが弟はいつも通りでした。

 弟はこう言いました。


「なんで僕が出ていくの。僕は何も間違ったことを言ってない。僕を育てることを決意し産み、小さい頃は異常なまでに可愛がり、周りから幸せだねと祝福の言葉を受け、その言葉から通常では得られない充実感を得て幸せに浸っていたでしょ。それが少し大きくなって自分たちの思い通りにならなくなったら、すぐに出ていけだの、育ててやっているだの。僕が小さい頃、僕を間に置いてあんなにあらゆる面で幸せを得ていたのに。子どもを育てる上で、子どもが自分の思い通りにならないこともあると容易に想定できたにもかかわらず、それを決意したのは父さんの方なのに。それにもし僕が本当に客観的に見て間違ったことを言っているのなら僕は心から反省するけれど、今客観的に見て間違ったことを言っているのはどう考えても父さんの方なのに。どうして僕が出ていかなきゃならないの?」


 弟は乾ききった目で父を見つめていました。

 正直弟の言っていることも間違いではないように私には聞こえました。それと同時に弟の言っていることは酷く正論で、感情の薄いものだととも思いました。

 そして、その瞬間気づきました。弟の今までのやさしさは、ただ単に彼が客観的に見て正しいことを行った結果なのだと。つまり優しいと思わせたその行動には、実は相手を思う気持ちなど微塵もなく、ただただ弟は客観的な正しさを追求していただけなのだと。

 正直に言って、弟は人間として何かを履き違えていると思いました。

 でも同時にこうも思いました。それでもいいんじゃないかと。

 私も似たようなところは少しあります。それになんだかんだ言って、今でも父と弟の中はそんなに悪くはありませんから。

 弟は誰よりも冷たく、そして誰よりも善であろうとします。確かに中身は冷たいですが、行動は善いことばかりしますから、きっと皆に好かれ頼りにされていることでしょう。

 そういう意味で弟は最後までいいやつなんだと思います。

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