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東京追想  作者: 夢昔 錆々
1/1

はじまりの追憶

 煙草を買いに外へ。

 「雨か」

 

 傘をとりにもどろうか?

 これくらいなら濡れてもいいか?

 少しの時を迷い、後者を選択した。

 

 深夜のビジネス街。

 近づく台風のせいか、いつにもまして静か、車の通りも少なくて、週末だしねと落ち着く。

 

 コンビニに入り店内を一周。

 煙草しか目的はないのに、とりあえず一周。

 いつの間にか染みついた癖?習慣かぁ。

 いつものように片言の店員と軽く言葉を交わす。

 レジを済ませ外に出て。びっくり!

 「ゲリラじゃん」

 

 走る?

 歩く?

 どちらにしてもびしょ濡れ?

 店にもどり傘購入?

 様子を見て雨宿り?

 ひとしきり店先で悩む。

 空を見上げ降る雨を睨み「はぁ」とため息。

 

 「あれ?同じマンションの方ですよね?」

 背後に人の気配を感じて、振り向くとほぼ同時に声がかかった。

 店内に客は僕ひとりと勝手に思い込んでいたものだから、必要以上に驚いてしまう。

 「えっ(誰)?」

 確かにどこかで会ったなぁくらい。見覚えのある女性が、ビニール傘を開きながら、こちらをうかがっている。

 

 「あっ、ごめんなさい。突然…驚かれましたよねぇ…」

 僕の挙動は、必要以上の反応ビクッは、かなり彼女を委縮させてしまったようだ。

 

 「あっ、いえ、違うんです…ちょっと突然で、いえ、違う、ちょっとボーっとしていて…」

 あたふたする僕に、彼女は「クスッ」と微笑み、次の回答を待っている様子。

 

 「あっ、はい。同じマンションですねぇ(たぶん?)」

 「やっぱり!あー良かったです。違っていたらどうしようかと思って…良かったぁ」

 胸に手をあて安堵する仕草が、笑顔が新鮮で、可愛くて。

 雨音は一瞬、消えていた。

 

 少しだけ酔っている様子の彼女は、和の香りする可愛いらしい女性で、歳は僕よりひと回りほど下くらいだろうか。白のブラウスに薄手のカーディガンを羽織、丈の短めのフレアスカートに淡い水色のヒール。「ふわっ」とした体型(?)、イメージとはアンマッチな細く長い脚。ほのかに漂う香りは、シャンプー?化粧品?どちらにしても僕の大脳皮質を刺激するには、十分にして余りあり…。

 

 傘をとりにもどらず。

 買わず。

 自棄にならず。

 大正解! 「ピンポン・ピンポーン!」の響きが頭の中で大きく木霊していた。

 

 「あの…良かったら、ご一緒しませんか?雨、止みそうにありませんよ」

 なんの打算もないと思われる屈託のない笑顔で彼女が首を少し傾けている。

 

 空を見上げ「はぁ」とため息をついた僕。

 迷いグダグダしていた僕。

 このタイミングで煙草を切らした僕。

 そしてこの雨を引き当てた僕。

 当選! 「カラン・カラーン!」頭の中で鐘の音が鳴り止まなかった。

 

 「えっ、ご迷惑じゃないですか?」間は空けなかった。

 「すみません。じゃぁ、甘えさせてもらって良いですか」

 

 傘に招き入れてくれる彼女。

 しばらく経験していなかった鼓動に、不規則にヒートアップするリズムに、持病の不整脈を疑いたくなる。

 

 《ちょっと待った!おいおい、まてまて!お前は残業中だろ!鞄は?部屋の鍵は?何より仕事は?》

 そんな自問は、僕には聞こえていなかった。

 

 《いやいや!そうじゃなくて!プレゼン資料、明日までだって!百歩ゆずって、オフィスの鍵は?小さいこと言うけど電気は?》

 もうそんな微々たる問題など僕には関係なかった。

 

 《じゃぁ聞きますけど…角番部長の立場は?》

 はい言っちゃたぁ! 笑って笑って…うるせぇっ!

 

 彼女と僕の暮らすマンションは(?)、この表現には語弊がある? 住むマンションが正しいか(まっ、それはいいか)。とにかく、そこから芝公園沿いに徒歩10分くらいのところにあった。

 

 僕は、1年と少し前の人事異動で地方都市からこの街へ越してきた。ずっと北海道の田舎で暮らしてきた僕。朝夕の電車、通勤ラッシュは、映像で知る限り、僕には耐えられそうになかった。怖かった。社宅のある街からは、電車で1時間半もかかる。「通勤に1時間半」しかも想像するに地獄の満員電車。異動が決まって直ぐに僕の気持ちは決まっていた。少々無理をしてでも、徒歩圏内に部屋を見つける。

 

 勿論、妻子ある僕には、ちょっと贅沢な立地、身の丈に合わない部屋だったし、大学に通う息子への仕送りや学費を考えると、家計には、かなりの負担であったと思う。それでも異動の期間が3年間と決まっていたこともあり、妻に無理を言って懇願した。「たった3年だけだもの。優雅な単身生活を経験させていただけないものでしょうか」と。簡単に許可は下りなかったけれど、大都会東京へ旦那をひとりで旅立たせる後ろめたさも手伝ってか、渋々、合意が得られた。

 

 加えて言えば、どうせ期間限定の東京暮らし。トレンディードラマ全盛期に学生時代を過ごした僕は、東京タワーの見える部屋への憧れを抑えきれず、迷いに迷い、探しに探し決めた夢の部屋だった。まっ、実際には、優雅な単身生活とは程遠い、淋しさと孤独感をただひたすら忍ぶだけの部屋だったけれど。

 

 ちなみに、僕は、1年と少しの間に14?も太っていた。憧れの東京ライフは、ひと月ももたず、毎晩、淋しさからの逃避を図った。同僚や部下と新橋、浜松町を徘徊し、帰室してベッドに直行といった日々を過ごした。結果、見るも無残な体型が形成された。勿論、ひとりで過ごす夜もあったが、そんな時は、コンビニ弁当をつまみに缶ビール。片方で暇つぶしに妻と通信といった感じで。電子レンジとケトルさえあれば成立する食生活。精神衛生上も非常によろしくない生活を送っていた。それでも部屋だけは、クールでお洒落に、常に綺麗にしていた。恥ずかしくもそれは、いつ、どんなタイミングでも、突然の来訪者に対応できる姿勢であり、単身男の儚い夢だけは、捨てずに強い決意をもって保っていた。(笑)

 

 そして、歩きはじめて。

 

僕‐「傘、僕が持ちますよ」

彼女「あっ、ありがとうございます」 《可愛い…》

僕‐「あっ、お名前聞いても良いですか」

彼女「あっ、コウサイ シオリです」 《ますます可愛い…けど、演歌歌手?》

僕‐「シオリさんかぁ。僕は、ツイキです。よろしくお願いします」

彼女「えっ?失礼ですけど変わったお名前ですね。どんな字書くんですか?」 《祖先に感謝でしょう》

僕‐「よく言われるんですよねぇ。建築の築に城です」

彼女「初めて出会うお名前です!下のお名前は?」 《なんだよぉーその笑顔―っ!》

僕‐「アキラって言います」

彼女「アキラさん…どんな字ですか?」 《興味ありかぁー》

僕‐「信じるの信でアキラです」

彼女「えーっ!その字でアキラぁ?こっちも初めてー!」 《両親よ、今日ほど感謝したことはないぞ》


 ケタケタ笑う彼女の横顔。声のトーン。時々、流れてくる淡い香り。何もかもが、ど・ストライクだった。もっと言えば、話の合間にすする鼻の音さえも心地よいアクセントに感じられた。

 

僕‐「あはは(笑)、そんなに驚きますかぁ」 《もう顔の筋肉は重力に歯向かう術を失っているな》

彼女「えっ、お幾つですか?」 《やっぱり聞きますか…》

僕‐「もうオッさんで…48になります」 《さぁどう?引くなよぉー》

彼女「えーっ!48っ!嘘ですよね?! 40前後かとぉー」 《おいおい、めっちゃ笑ってるよ》

僕‐「あはは(笑)、またまた、そんなに驚きますかぁ」 《母よ、童顔に産んでくれてありがとう》

僕‐「失礼かな…シオリさんは?」 《30。どうだ?》

彼女「えー、私は32になったばかりです。もうオバさんまっしぐらです」 《気をつけろ、狙われるよ》

僕‐「オバさんだなんて、若い若い!綺麗だし!可愛いし!」 《間違いなく言葉に力が入り過ぎた感》

彼女「またぁ、思ってもいないくせにぃ。ツイキさんは上手いなぁ」 《なにその笑顔、たまらん》

 

 たった10分の道のりは、こんな感じ。会話は、もう少しあったけど、なんだろう…キャバクラの三歩手前(?)くらいの話で。総じて言うなら、盛り上がっていたのは僕だけだったような。彼女は、会話の上手な大人の階段を昇る良くできた女性って感じだった。考えるに、この年齢で、あのマンションに住めるのだから、きっと、仕事も相当できるはず。か、伝わる育ちの良さを踏まえると、親がお金持ち?良いところのお嬢様だろうとの私見。正直、全ての答えを今は持ち合わせているのだけれど、その時に僕が感じた、知り得た情報はその程度だった。ただ、少し早過ぎる老いらくの恋の序章は聴こえ始めていたような、いないような…。

 

 マンションが近づいて、やっと、僕は夢から覚めることになる。

 「鍵」

 

 マンションに着く。

 鍵をセキュリティにかざす。

 ドアが開く。

 エントランスに入る。

 ここまでは彼女について行けば、なんとか誤魔化せる。

 「エレベーターだ!」エレベーターが厄介だ。

 

 自室のあるフロアで降りるためには、鍵のセンサータッチが必要だった。

 今更だが、なんの仕組みだよ!

 違う世界にトラップしていた僕は、はじめて衝動的判断の整理を始める。

 

 あの時、残業中であると伝えていたら。

 彼女は社まで送ってくれていた?

 それとも「頑張ってください。それでは…」?

 どちらにしても、今後の切掛けにはなっていたよなぁ…。

 「はぁ…」浅はかな行動とため息ひとつ。

 

 さぁ現実。どうする?

 

 本当のことを、僕の気持ちの動きを含めて彼女に伝える?

 適当なストーリーをでっちあげる?

 陳腐な選択肢に迷う。

 

 シナリオを検証してみよう。

 僕のマンションの直ぐ傍にコンビニはある。

 煙草だけを買いにあのコンビニまで行くだろうか? 行かないね。

 散歩を兼ねてだったら? おかしいだろうスーツって。

 とにかく、鍵を持っていないって…。怪しさ益すね。

 落としたとか? その場合、後の展開、読める?

 無念…検証終了。

 

 マンションに着くと、想定より早く、僕のおかしな行動は露見することになる。

 

 不必要に重厚な木目調のドアがゆっくりと開き二人を招く。

 勿論、普段は不必要だなんて思っていない。

 都会的で洗練されたそのドアが僕は好きだった。その重厚感は夢抱くアーバンライフの入り口だった。

 

 招かれるまま中へ。

 少々、狼狽しながらも彼女に大層な謝辞と思いがけずお話できた喜びを伝えた。

 彼女は、あまりに丁寧な僕のお礼に恐縮しながら「どういたしまして」と鞄の中をゴソゴソ。

 

彼女「あのぉ…鍵開けてもらっても良いですか?鍵が…あれぇ…」 《マジかぁ…》


 終了! 「ピーッ」ノーサイドの笛の音が聞こえた。

 

 結局。

 残業中であったこと。

 声をかけてもらって嬉しかったこと。

 打算的な発想から大人気ない行動を選択したこと。

 正直に告げた。

 

 大人(紳士?)を演じ、正しい言葉で感謝を伝えた。

 直後の言い訳じみた謝罪。

 どれだけ恥ずかしく情けなかったか。

 トラウマになると確信した。

 

 ただ、今夜、二人で歩いた時間は、東京で暮らして一番幸せな時間に思えたことも補足事項として、彼女に伝えた。最後の悪あがきだろうか。

 

 僕の話(弁明)を黙って聞き終えた彼女にさっきまでの空気感はなく…。

 「遺憾の意」が伝えられた。

 

彼女「もう!言って下さいよぉ!いい大人が呆れます!」 《ごもっとも》

僕‐「…」

彼女「はぁ(ため息)…、この後、どうするんですか?」 《決まっているでしょう》

彼女「この雨の中、会社にもどるのですか?」 《もどるしかないでしょう》

僕‐「はい…。もどります」


 少しの沈黙が苦しかった。


彼女「わかりました。じゃぁ、傘をお貸しします」 《マジかぁ、そう来る》

彼女「どうせさっき買ったビニール傘ですから。返してもらわなくて結構ですから。適当に処分してください」 《ひゃぁ大人ぁー》

僕‐「いや…それは結構です。大丈夫ですから…」

彼女「ふぅ…。もう、面倒くさい方ですね」 《はい。ごもっともです…》


 彼女の佇まいは、さしずめ小学校の教員、僕はお漏らしをした小学校1年生。

 この上なく哀しく空しかった。

 

僕‐「やっぱり、お借りします。このお礼は必ず!」 《何その変わり身?上目遣いで彼女を確認》

彼女「ツイキさんは、子供のようですね」 《どう解釈したら…》

僕‐「えっ、はい。すみません」 《謝るしかないでしょう》

彼女「クス(笑)」 《えーっ!今、笑ったよね?ね?どうなるのぉ?》


 この間が嫌いで…耐えられない。いっそひと思いに殺ってくれと願う。


彼女「はぁぁ(ため息)…」 《このパターンは…》

彼女「わかりました…」 《なにがぁ?》

彼女「子供を一人でこんな時間に外に出すわけにはいきませんね」 《なに言っているの?》

彼女「会社まで、ご一緒します」 《えーっ!! 嘘だろうぅ!! バグった?!》

僕‐「えっ?!」 《もう…わからない》


 この間は耐えられそうだった。


彼女「正直、私も今夜、偶然ご一緒できて、お話できて、とっても楽しかったです」 《マジか??》

彼女「明日はお休みです。せっかくだから、もう少しお話ししましょう」 《マジか??》

彼女「この提案、どうですか?のりますか?」 《マジか??》


 彼女は、凛としていた。かつ悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

 僕は、確か48になる大の大人なはず。ただただ彼女の器の大きさに感銘していた。

 

彼女「さっ、行きますよ!」 《かっこいいっす》

僕‐「あっ、はい」


 外の雨は、より優しくなって。

 東京タワーの灯は消えていた。



つづく…

                                              

第一章「はじまりの追憶」


Jan.21.2017


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