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天斯流転  作者: ジョシュア
第二章:いく世の春を せきとめて
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神なるもの

 それは死の具現だった。

 あるいは土蜘蛛の持つ力、全にして一、一にして全であった。

 群のすべてを一つの生き物としているかのような、蜘蛛たちの動き。壁と天井を駆け巡り、組織だった動きで飛びかかってくる。

 彼らの目は共有されており、痛みは独立している。

 京士郎は刀を振るいながらその在り方を知っていく。

 連なり渦になって、四方八方から迫ってくる蜘蛛たちはさながら雲のようであった。

 伸びてくる蜘蛛の渦を刀で払った。

 しかし、焼け石に水であった。果たして自分の攻めは意味を為しているのかすらわからない。まるで数が減っているようには見えないのだ。

 さらに言えば、本体である土蜘蛛の間を縫った攻撃が厄介だった。

 蜘蛛たちの連続攻撃、その影から伸びてくる腕は的確に京士郎の急所を狙ってきている。

 八本あるうちの前二本を、まるで両方の手で握る剣のように首筋に迫る。

 京士郎が目視した瞬間には目の前に土蜘蛛の腕はあった。反射的に身をかがめて避けると、蜘蛛たちによる追撃が襲いかかってくる。

 絶妙な間だ。京士郎は攻めあぐねる。

 だが、この状況、本来であれば二人はすでに地に伏していてもおかしくはないのだ。

 その要因は二つある。一つは、志乃が京士郎の背を守っていることだ。

 彼女は独特な足さばきと呼吸で蜘蛛を躱しながらも術を使っていく。炎の玉が洞窟内で弾け、蜘蛛を散らし、京士郎の隙をいくらか埋めていた。蜘蛛たちが持ている糸を飛ばす技でさえ、火が防いでいた。

 京士郎が多くを相手にしているために戦いの中心にはいないとは言え、京士郎の戦いを支えているのだった。

 炎の弾ける狭い空間、という状況下において、動きが制限されているのは蜘蛛たちであり、ほとんど動かず防戦に徹する京士郎と志乃は戦いやすくなっている。

 彼らの巣であるはずの洞窟内で、二人は自分たちの足場を確保しているのだった。

 そしてもうひとつ、要因がある。

 京士郎にはいま、自分の奥底から無限に力が湧いてきているのを自覚していた。

 腹の底から腕へ脚へと漲ってくるものがある。

 それは京士郎の動きを機敏にし、五感を鋭敏にする。

 どころか、第六感としか言いようのない、予知に等しい感覚があった。

 それによって京士郎は蜘蛛たちの位置や志乃の支援を察知し、一瞬ではあるが先手をとることができている。

 戦いにおいて、その一瞬は大きな優位であった。

 その力の正体について、京士郎は察している。だが、いまは背に腹は変えられない。どんな手を使ってでも、この土蜘蛛を打倒しなければならない。

 それほどまでに、この戦いに余裕はなかった。


「どうした、威勢のよさはどこへ行った?」

「だったらとっとと仕留めてみろ」


 土蜘蛛の売言葉に、京士郎の買言葉。

 両者はお互いの手もゆるめずに、言葉の応酬を繰り広げた。


「貴様、貴様も蛇の混ざり物だな? この気配、あの小娘によく似ている」


 似ている、という言葉で京士郎の太刀筋がわずかに鈍った。

 すかさず志乃が術による炎で援護をする。彼女の体力も無限ではないのだから、できる限り早く戦いを終わらせなければならないのだが、攻勢に出ることができないでいる。


「俺は鬼じゃない」

「どうかな、どうかな。実は気づいているだろう? 我らとお前の間に、差異などないということを」

「だまれっ!」


 刀の振りが大ぶりになっていく。志乃が諌めるべく名を呼んだが、京士郎は聞く耳を持たなかった。

 身のうちから溢れる力を、術理ではなく力づくで御して、刀の一振りとともに放った。

 それは光の嵐だった。熱を伴った光が、洞窟の壁とともに蜘蛛たちを焼いていったのである。

 見る者が見れば、それは雷であるとわかっただろう。そして、その力の根源についても。

 志乃はまばゆい光で目が眩み、土蜘蛛は彼の力について未知であった。

 土蜘蛛は大きく飛びのいて、その光から逃れた。


「……貴様、その力、どこから」


 京士郎が咆哮とともに、再び雷を放った。

 刀の横振りは、風をともなった光の渦となって、ついには土蜘蛛の配下の半分を焼いた。

 霧散していく蜘蛛たちの姿を見て、京士郎はさらに踏み込んだ。

 いまなら土蜘蛛を討てる。その確信とともに。

 だが、己の動きが隙になっていると気づかない土蜘蛛ではない。

 蜘蛛たちは再び連なり、一本の槍のように迫る京士郎を迎え撃った。

 刀を振るえば打ち払える。少なくとも致命傷は避けることができるように思えた。

 しかしそれでは一手遅い。蜘蛛どもを防げたとして、切り返す刀では間に合わない。待ち構える土蜘蛛には致命的な間を与えてしまうことになる。

 瞬時に判断するも、手遅れということがわかった。

 その隙だらけの京士郎を支えたのは、またもや志乃だった。


忿怒ふんぬよ、剣を持ちしその腕よ、その火の子よ、悪神を振り払い給え! 急急如律令!」


 蜘蛛の群を、炎の柱が撃ち落とした。

 数が少なくなった今、大技を放つのも手段として視野にいれてた志乃の判断だった。

 爆炎は蜘蛛たちを包み込む。

 その炎に京士郎はためらわずに突っ込んでいく。

 火の粉を抜けて、京士郎は土蜘蛛の顔に迫った。

 驚愕に歪む鬼の形相に、刀を突き出した。

 狙ったのは眼だ。土蜘蛛の皮は刀でさえ弾いてしまう。

 鬼の肉体は得てして硬くなるものであったが、土蜘蛛の域になると優れた技や鋭い刀であっても斬ることができない。別の要因が必要になってくることを京士郎は直感的にわかった。

 しかし、眼は別だ。その部位だけは、どれだけ鍛えても硬くはならない。鬼と言えども、眼だけは硬くしようがないはずだ。

 その狙いは正解だった。京士郎の突き出した刀は、的確に土蜘蛛の眼を穿った。


「ぅがあぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!」


 鬼が鳴いた。それはただの悲鳴ではない。

 京士郎をも吹き飛ばす、風の息吹。

 慌てて刀を引き抜いた京士郎は、その息吹に身を任せてわざと吹き飛ばされて、距離をとる。

 地面を滑りながら、土蜘蛛を睨みつける。


「京士郎、大丈夫?」

「ああ、問題ない」

「馬鹿っ! 大有りよ! 変な力は使わないで!」

「へ、変な力?」

「あの光よ! いい? 自分の知らないものは、そうそう使っちゃだめ」


 でも、と志乃は前置きをする。


「心当たりはある。大丈夫、勝てるわ」


 力強く、志乃は言った。

 京士郎は知っている。大百足と戦ったあのとき、ともに倒そうと言ったときの顔と同じだ。

 安心感だった。戦いの中であって、縁遠いはずのものであるはずの感情を京士郎は抱いていた。

 先ほどの弱気な志乃ではない。強気な彼女はどこまでも生意気で、心強い。

 なによりも、自分を必要としてくれている、というのが京士郎の心に響いた。

 それはもしかしたら、土蜘蛛の言っていたことと同じかもしれない。

 やりたいことがなければ、従えばいいという安心感と、快楽に通じることだ。


(……ああ、そういうことか。俺は選んだんだったな)


 志乃とともにいることを。旅立ったあの日に。

 京士郎は刀を支えにして立ち上がる。

 土蜘蛛を見れば、京士郎がつけた傷は再生していた。

 蜘蛛たちが土蜘蛛の傷に集まり、一体化していく。ひとつの生き物である、というのは比喩でもなんでもなかった。彼らは一つの魂を細分化しているだけなのだ。主たる魂が傷ついたならば、分かたれた魂を食って再生すればいい。

 方法としておぞましく、再生するものというのはそれだけで絶望をもたらす敵だった。

 だが、逆に言えば、それは土蜘蛛のを減らしている、ということである。

 決して勝ち目がないわけではない。

 京士郎と志乃は互いに目を合わせた。そして笑う。


「さあ、京士郎、まずはこの洞窟を出るわ! 出口まで案内して!」

「……そのことなんだが」


 志乃が張り切って言った言葉に、京士郎は言いにくそうに、返事をする。


「出口がわからん。洞窟は不慣れだ」

「な、なんですってーっ!?」


 志乃の言葉が洞窟内を響くのと、土蜘蛛が二人に迫ったのはほとんど同時だった。

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