うんこが漏れた話 ~漏らしてはならぬという同腸圧力に~
うんこ漏れた。
結論から言うと、うんこを漏らしてしまった。
弱冠二十と数歳。
この文章を書く、ほんの半刻前の出来事である。
漏れたてほやほやである。
どうしてこうなってしまったのか。
胸がいっぱいだ。
先達として、若人らへ。
何かの役に立てばいい。
そういう想いで、今から、それをつまびらかにしたい。
思えば、今朝がたからお腹の調子は良くなかった。
何か不満でもあるのか、起きたら布団が私のボディからストライキしていたし、午前中は突然の便意に襲われること二度、都度トイレに駆け込んでいた。
とはいえ、その時点でリザルトは気持ち柔らかめ、しかしそこまで破滅的に柔らかいというものでもなかったので、盛大な慢心、そして敗北を喫したわけなのではあるが……
天気も悪かった。朝から雨が降り、いつにもまして薄暗い部屋で、背中を丸めてPCと戯れていた。
この日、私はamazonでダウンロード版office home and businessを購入(28,000円也。安い買い物ではない)し、しかし、amazonの不具合により、インストールができず、不具合の修正を待つ間、買ったばかりのSurface3(70,000円也。決して安い買い物ではない)で落書きをするなどしていた。
なんだ。
こうして文章に書いてみると、紛うことなきMSの狗である。
かように、何事もなく、ありがちな休日の午前を過ごし。
正午を過ぎ、私は食事をしに出かけることにした。
みしんは寮住まいである。
そして、休日は食堂の食事が提供されない。
まともな調理設備が備えられていないので、休日に腹を満たそうと思えば必然、何かしら買ってくるなり、食べにいくなりしなければならない。
みしんは今日、ラーメンの気分であった。
ゆえに、少し歩いて中華料理屋へ足を運んだのである。
一向に止む気配を見せぬ雨は気にしないことに決め、お気に入りのジャージズボンを穿いて、外へ繰り出した。
降り止まぬ雨も、ただ悲しいだけではないのである。ラーメンが私を待っているのである。
中華料理屋まで徒歩で10分ほど。
傘というものは足元に対するDEF値が極端に低い。
着くころには下半身が濡れ鼠となっていた。
まあ、一時間後、帰るころにはクソ鼠となっているはずの、その下半身である。
昼過ぎの中華料理屋は閑散としていた。
着いた瞬間、思ったよりラーメンが食べたくなくなっていた私は、チンジャオロースと担々麺を腹いっぱいに詰め込み、買い物をして帰ることにした。
中華料理屋から歩いてこれまた10分。
近所の激安スーパーである。
でかい刺身の短冊がワンコインから入手できたり、肉類がバカみたいに詰め込まれたパックで売られている。
晩酌の肴は何にしようかしら、お惣菜がいいかしら、冷凍食品がいいかしら、などとカゴを片手に呑気に考えながらフラフラ歩いていた矢先のことである。
屁をこきたくなった。
人間だもの。
おならをしたくなることもあるじゃない。
ゆえに、何食わぬ顔で放屁をしたのである。
スゥ~~~~~~……ぅみゅっ
('ω')
みしん、何食わぬ顔で即座に思った。
「漏れた」
時間が止まったかと思った。
('ω')「漏れた」
液状である。
完全に奇襲であった。
完全に、ガスだけだと思っていた。
しかし結果。御覧の有様でござった。ゆるゆるである。
これまで漏らした話を小耳にはさむにつけ、「お前の肛門は飾りか」「括約筋ザコ杉内」「河童も逃げ出すレベル」などと煽り立ててきたものだが……
さて。
なかなか経験しがたい異常事態ではあったが、意外にも事態への認識に躓くことはなかった。
現実を拒絶するということも、何が起きたか飲み込めないということもなく、心は事実を事実として受け止めることができた。
が、だからどうというわけでもないのである。
そして、非常に焦った。
焦ったところで事態が好転するわけでもなければ、取り返しがつくわけでもない。焦るだけ無駄である。
つまり、無駄に焦っていた。
当然である。社会人になって、二十をこえて、うんこ漏らせば誰だって焦る。無駄に焦る。
焦っている間に、液状うんこがパンツ防衛ラインを突破。浸透戦術である。
内股を伝い、ズボンの中で膝まで進撃をはじめていた。
重ねて言うが、お気に入りのジャージである。
周りを見渡した。トイレはないか。
あったところでもはや完全に手遅れなのだが、なんとなく探してしまった。混乱の極致である。
しかし、みしんは大卒にして、世界を背負う大企業に勤務するエリートサラリーマン。
迷いも一瞬のことである。
「帰ろう、帰ればまた来られるから」
撤退を決意するまで、かけた時間は僅かに2秒。
我が国に足りないと言われる決定力のある指揮官、その素質を十分に備えた、未来への人財である。うんこ漏れてるけど。
晩酌の肴は後で考えればいい。
とりあえず、近場のカゴ置き場にそっとカゴを戻した。
カゴの中に商品を何も入れていなかったのは、不ウン中の幸いであった。
みしんが征く。
激安スーパーを、うんこ漏らしたみしんが早歩きで通り去る。
退艦……総員退艦!
ようやく見えてきた、先ほど入ってきたばかりの自動ドアである。
一歩ごとに感じる、尻を濡らすうんこ。
一歩ごとに感じる、ももを垂れるうんこ。
出口まであと一歩だ……
「開かねえ」
なんとドアが開かない。
センサーか?
うんこ漏れると人間はセンサーにひっかからなくなるのか?
うんこ漏らしたら人間失格と判定され、センサーさんサイドが通行を拒絶するのか?
いつの間に脱糞は人権喪失するレベルの大罪となっていたのだろう。
もう長い間うんこ漏らしたことがないので、ついぞ知らなかったぞ!
もう焦りも極まり大混乱である。
考えてみてほしい。
うんこ漏らして、僅かに残る思考力をフルに回してやっとのことでたどり着いた結論、なにはともあれケツまくろうとしているその直後、
さ っ き 入 っ て き た は ず の ド ア が 開 か な い 。
誰も助けてはくれない。
助けてもらうわけにはいかない。
この困難に、たった一人で立ち向かわなければならない。
人生には、男の子には。いつだってそういう瞬間があるのだ。
落ちケツ、みしん。ステイ・クールだ。
お前の限界はこんなもんじゃない。
お前はこんなところで、限界を迎えていい男ではない。
常に、いかなる状況においても、極めて怜悧に論理的思考力をもってことにあたる。
一流のビジネスマンとは、そういうものだ。
なにがなんだかわからないが、できることをやろう。
あらゆる可能性を考慮にいれて、遍くすべての事象を計算しきれってやれば、自ずと最適解は見えてくる……
それを見た時、私は目を疑った。
ドアの前でセンサーに手を振ったりなどしているうち、とんでもない張り紙が目に飛び込んできた!
『このドアは外側からは開きますが、内側からは開きません』
“監禁”の二文字が頭を過ぎる。
わけがわからない。
どうやって出ればいいというのだ。
うんこ漏らしてやろうか。
ふとレジ方向を見れば、レジの先には開いているドアが見えた。
レジと売り場は、柵や商品棚で物理的に仕切られている。
つまり、何かしら商品を購入しなければここから出さん、という構造になっていたのである。
なんというがめつさ。汚いぞ、激安スーパー!
これまで購入せずに店を出たことがなかったので気付かなかったが、なるほど、安いにはこういう裏もあるのだな、と納得する。
漏れていても、こういうところを見逃さない知性の輝きを大切にしていきたいと思った。
しかし、そうなると。
何か商品を買わなければいけなくなる。
いや、買わなくてもいいのだが、「買ってから出てくださいね」システムとなっているお店で買わずに出るというのは、すなわち「うんこ漏れた! 物買ってる場合じゃねえ! てめえらなんて知るか俺は帰る!」というなりふり構わぬ形になってしまう。
実際、状況はそれ以外の何ものでもないのだが、変なところに火がついて、妙なプライドが刺激されてしまった結果。
「男は度胸、女は愛嬌ッ……!」
うんこが漏れたまま、買い物に戻るという暴挙!
何か、何か買わなくては!
こうなると、もはや気になるのは自身の背後である。
ズボンの尻にクソの染みなどあれば生涯の恥である。
しかし。
いかなる時も、男は振り返ってはならぬ。
後ろを向いてはならぬ。
見ることができない。
見てはならない。
振り返り、確認しようものなら。
もしも染みていなかったなら、第三者からみて、無意味に後ろを警戒する挙動不審人物である。
激安スーパーで挙動不審はマズい。マズすぎる。
「ちょっと来てもらえるかな?」なんて言われた日には、身の潔白を証明するため、ズボンを下ろさなければならなくなる。結果、どちらに転んでも身のヨゴレである。
もしも染みていたら、「今私はうんこ漏らしました!」と宣言するようなものである。
そ知らぬふり気付かぬふりをしていれば、「デザインかな?」「雨降ってるし、泥汚れかな?」で済むところ、下手に動くことによって脱糞を自白することになってしまう。雉も鳴かずば撃たれまい。
祈るしかなかった。
信じるしかなかった。
私は、ポテトチップスを手に取った。
今晩の肴である。
これが 「転んでもただでは起きない」であり、かつ「倒るる所に土を掴む」所以であろう。
いざレジへ。
担当者は、うら若き女性であった。
もう後には引けない。
撤退のため、眼前の敵を討つ。
これは守りではない。攻めの突撃である。島津の退き口である。
凄惨な戦いであった。
精算時はさすがに肝が冷えた。
余談ではあるが、腹を冷やしてはならん、とは石田三成の言である。柿を食えば腹を冷やし、万時備えておかねばならぬ武士は腹を冷やすわけにいかぬからだそうである。
しかし、歴史を見れば。肝――つまり腹だ――を冷やして、脱糞した家康公こそ、三成の首をとったわけであるからして、なかなか皮肉なものである。
結果論からやや強引に言えば。柿食って腹冷やしてうんこ漏らしても、最終的に勝てば勝った武士なのである。
もうヤケクソに笑顔でポテトチップスを入手したみしんは、家路を急いでいた。
帰ってからどう動くか。
何を準備し、どの順番で、何をこなすべきか。緻密かつ詳細なシミュレートは、帰着までの10分を短くさせた。
みしんは寮住まいである。
そして、部屋にシャワーもトイレも備え付けられていない。
共同なのである。
処理は秘密裏に実行されねばならなかった。
――誰も見てはならぬ――後世、絵巻になるわけにも、オペラになるわけにもいかない。
ことは慎重に、しかし大胆に運ぶ必要があった。
部屋へ戻るなり、荷物を放り投げて、着替えとカゴを用意し、トイレへ向かった。
腸内に残存するゲリラ勢力を一掃するとともに、戦後処理をしなければならない。
トイレへは部屋からほど近い。
なんの障害もイベントもなく、トイレ個室の鍵を閉めた後、水のようなそれを排出し、粗くざっと尻と足を拭うものの、トイレットペーパーでは限界があった。
太ももに付着したアレは、どうしても拭い去ることができない。
みしん、便座で考えた。
「やはり、シャワーだ」
幸い、シャワールームはトイレの隣に存在する。
が、構造上、どうしても併設されている洗面所の脇、共用通路を通らねば辿りつくことあいならぬ。
そして、むろん。いつまでも下着(大惨事)、そしてお気にジャージ(大惨事)を身に着けていようはずもなく。便座に腰掛けるみしんは、下半身マッパである。
当然、処置が終わったとて、惨事を穿き直せるわけもなく。
「うむ。どう考えても詰んでいる」
共用便所である。共用通路である。そして、共用シャワーである。
みしん、便座に腰掛け下半身マッパで考えた。正にロダン。
しばし逡巡。その間、僅か十秒。
嘱望の指揮官候補生といえど。やはり、この決断には少々時間を割かざるを得なかった。
「漢は度胸、オカマは任侠ッッ……!!」
英断は下された。
その時、みしんが動いた。
気配を探る。外に誰もいない……良し!
そこからの行動は、おそらく。私の人生で、もっとも機敏であったはずだ。
手早くレバーを捻り残存勢力を処分。ごう、と流れてゆくゲリラ共を尻目に、汚染衣類を片手に、もう片手で素早く開錠。疾風怒濤、風林火山、個室の外へ矢の如く飛び出した!
脱兎! Tシャツの下、「ゆらり、ゆらり」と乙女心が秋の空! 世界よ、これがニッポンのサラリーマンだ!
走れみしん! 邪知暴虐の王をぶら下げ、セリヌンティウスを救うのだ!
結婚を控えた妹はいないけれど! マントを手渡す少女はいないけれど!
人生で最も速く、しかし、人生で最も長い刹那ののち。シャワー個室へとたどり着いた私は、パンツとジャージを放り込み、自身も素早く全裸になると、逃げるように駆け込んだ。
見れば、両内ももにうんこの伝った形跡があった。
こう、尻から左右に分かれていったのであろう。
シャワーで流すと、こびりついていたうんこは次第に溶け、排水溝に消えてゆく。
――屁を早み 股にせかるる クソ川の 漏れても末に 逢はむとぞ思ふ――
突然降りて来た崇徳上皇は、うんこと共に脳内から配流されていった。
体とパンツ、ジャージを清めると、急いでランドリーへ向かい、洗濯機をまわした。
ひとまず、洗濯が終わるまでの猶予ができたため、自室に戻ってPCを立ち上げ、この記事を書き始めた。
今でも頭の中はぐちゃぐちゃで、手足は震えている。
ただ、腸は頗る、気分が良さそうである。
結局、書きあがりは夜になってしまった。
ふと思う。
今回の脱糞、休日の、近所だったから大事にならずに済んだ。
だが、これが平日であったら? 遠出の最中であったら?
特に、流体うんこである。
脱糞の瞬間まで、その気配すら感じさせずに直腸へと忍び寄ってきた第五世代型ステルスうんこである。
この事件は、将来起こるであろう大惨事、その呼び水でしかなかったのかもしれない……
あと、乾燥機から出したパンツもジャージも全然大丈夫だった。フローラル。
まだまだ穿くでこれ。
こんなの読ませてすまんな、すまん。