ご 木科結衣菜は全ての男子をランク付けしている
昼休み。仲間と昼食を取るようなことがあるはずもない俺は、チャイムと同時にそそくさと教室を飛び出した。ぼっちで便所飯だと思われるのも癪なので、コココさんに貰った弁当をいかにも彼女から貰ったかのようにひっさげる演出も加え。ふふふ羨ましがるがよい。
俺が向かったのは最近見つけた保健室に次ぐ第二の避難場所、体育館裏だった。
体育館裏に向かうには、途中メメメのラボの前を通らなければいけない。
「……メメメのやつここに住んでいるんだよな」
家賃いくらなんだろう。校長が親族って言うからタダなのかな。だとしたら職権乱用も甚だしい。そんな他愛もないことを考えながら、そそくさとラボの前を通り過ぎ、目的地に辿り着いた俺はビニールシートの覆いから折りたたみ式の椅子を取り出す。ビニールシートの横には高度成長期時代に働いていたであろう焼却炉がある。今ではすっかり錆びついて、背の高い雑草に包まれてしまっている。学校関係者でこいつの存在を知っているのは俺だけだろう。
「よっこいせと」
体育館縁側のコンクリの上に椅子を並べた俺は、愛妻弁当をつまみながら朝に職員室で貰った一枚の紙を広げた。
『部活動申請書』
「なになに……げっ、部員三名以上!? ……いきなり大きな壁に出くわしちゃったじゃねえかよ。それに顧問も必要か。まあこれは担任のしおりんに頼んでみるか。名前借りるだけだし」
「ねえ、こんなところで何してるの?」
「うへえっ! ごめんなさいごめんさいぃっ! ……って、あれ?」
ビビりまくっていた俺は、おそるおそる辺りを見回したが、驚いたことに周囲には誰もいなかった。
「……ゆ、幽霊?」
「違う違うっ、こーこっ」
「ひゃっ」
驚いて後ろを向くと、声の主は体育館の中にいた。足元の位置にある小窓を開け、四つん這いの体勢で外にいる俺を下から見上げている。
運動後の紅潮した頬、汗ばんだ体操服。態勢がきついのか、眉が悩まし気に歪んでいる辺り、思わず生唾を呑んだ。
神よ、どうか三分でいいので時間を停止してください。ぜひとも彼女を後ろのアングルから除かせ給え。
しかし、そんな神などいるはずもなく。
「キッシー、そんな所で何してるの? 行くよ~っ!」
「あっ、うーんっ! って、あれ、どこに行った?」
他の女子に声を掛けられているスキに、俺は柱の死角に逃げ込んだ。
「まっ、いっか」
一言、そう言い残し、キッシーと呼ばれた女子がその場から離れていく気配がした。
……死ぬかと思った。
「……ふぅーっ、危ない危ない」
胸を撫で下ろし、ほっと一安心する俺。後は彼女の記憶から俺の存在が消え去ることを願うばかりだ。
ただ、俺の記憶は簡単に消しはしません。
「結構、可愛かったなー」
コンクリの上に寝転がり、空を見上げる。昼下がりの陽の光が俺の網膜いっぱいに輝いている。
薄目を開けて太陽に視線を送っていると、ふとメメメのことが浮かんだ。あいつも顔だけは確かに可愛いんだよなー。
「……いや、でも付き合うならキッシーだよな。あー、結婚してくれないかなー」
目を閉じ、頭の中でメメメを某有名キャラクターとコラボさせる。メメえもーん、道具出して―。パラパパンッ、惚れ薬―♪ これをキッシーに呑ませたらイチコロだよっ! なーんてね。
「惚れ薬呑ませて結婚して、ついでに養ってもらえたら俺の一生はウハハのハだわ」
「誰に呑ませるつもり?」
「ん? キッシーにだよ……って、えっ?」
目を開けると、俺の頭上に体操着姿の女子が立っていた。
「あれ……ええと、き、君は?」
「そんなことどうでもいいだろ。この変態」
逆光で表情に影が差していたが、顔を見ずともその声が全てを物語っていた。
おお、まい、がー。
さて、ここで問題。
窮地に追い込まれたか弱きネズミはこんな時、どんな行動をとるでしょうか。
答え 『窮鼠猫を噛む』
「へ、変態じゃないわいさっ!」
「どこの出身の方言よ、それ……」
高飛車に掻き上げた髪が陽を透過し、オレンジ色に輝く。
そして、さっき彼女がこちらを覗いた小窓から、今度は体育館の内側を覗いた。
「ふーん、つまりあなたは四時間目の体育の時間を狙って、ここから私を覗いていたってことね」
「……はっ、はあっ?」
「それで私と結婚する妄想してたんだ。告白する勇気がないから惚れ薬を使って……あんた、超が付くほどの変態なのね。心の底から軽蔑するわ」
「おっ、おいっ! 違っ、違いましゃっ! ……そ、そんな覗きとか……第一、君の存在を知ったのも今日が初めてでおじゃり……」
畜生、唇が震える。いつものように声がうまく出ない。
「キッモッ、何、その喋り方。ひょっとして女子にビビってんの?」
「う、うるせいやいっ!」
コミュ障は女子の耐性がないから急に話しかけられるとこうなるんだよっ!
っつーか、何だよ、この女子。めっちゃ性格悪いじゃん。っていうか悪魔じゃん。小悪魔とかじゃなくて、ベルゼバブ級の大悪魔。
「……ちなみにあなた」
その時、大悪魔が俺の顎を掴み、自分の顔に引き寄せた。長いまつげの奥にある邪悪な瞳が怪訝そうに俺を睨んでいる。
「お父さんの年収いくら?」
「……はっ、何で?」
まさかの女子によるカツアゲ? 俺からいくら金を引き出せるか聞き出そうとしているのか?
「か、金ならない。仕送り貰ってないし、そもそも親とは絶交宣言してるし」
「いや、あんたの家庭状況とか興味ないから。じゃあ駄目ね。あんた、クラスと名前は?」
「……A組、直里真也」
「ふーん、私も一応教えてあげる。木科結衣菜、C組よ」
ありがとう。それでは金輪際、C組には近づかないようにしますよ。
木科は着替えの入った袋からスマホを取り出し、JKらしい神速度で文字を打っている。
「直里真也、Dランク。将来性なし、と」
「な、なあ、それ何してんの?」
「Dランクが私に馴れ馴れしい口利かないで。……でもまあそうね、誰にも言わないなら教えてあげてもいいわ。ほら」
そう言って、彼女はスマホのメモ帳画面を俺に見せた。
そこにはA組の男子全員の名前が五十音順に並んでいて、隣にAからDまでの記号、そして『成績優秀。親が附属病院の医者』だとか『共働き。これといって取り柄無し』といった一言メモが記されている。