⑬―2
青野さんの右手にあるうさのんが俺の方を向いた。
「茜から話は聞いている。お前、肝試しでペアになった茜の背中に隠れてびびってたそうだな。『ひ~』とか『助けて~』とか」
「……い、いや」
「情けない男だ……しかし茜はそんなお前を—―うっ」
「真也君」
青野さんがうさのんの口を閉じる。
そんな……彼女があの時の彼女だったなんて。
封印が解かれた黒歴史を前に、俺が思っていたのは、これ以上闇を広げてはならないということだった。
「あ、あの時はマジごめん! 当時の俺まだガキだったからお化けとか幽霊の類、割と本気に信じてて……それで青野さんを」
「ううん、気にしてないよ。私はそういうの信じないから。そんなことより真也君に一つ教えてほしいことがあるの」
「な、何だ?」
俺が訊ねると、青野さんは夜の少し冷えた空気を吸い込んでから言った。
「……まだ私のこと、嫌いかなぁ」
「嫌い? ……なんでそんなこと聞くんだ?」
「だって……林間学校でせっかく近づけたと思ったのに、それ以来私を避けるようになったでしょ?」
「それはあんなことがあったから、きっと軽蔑されたと思ってさ、だから」
「じゃあ、私のことが嫌いになったわけじゃないんだね」
「あ、当たり前だ……クラスで一番かわいかった女子を嫌いになるわけないだろ」
「えっ、そ、そそそそそんなことないと思いますデスガッ」
いやそれが真実なんですね。
当時、クラスの男子だけで秘密裏に行われた女子人気投票。その得票数が何よりも真実を物語っているのだよ。
「でもさ、どうして最初に会った時に教えてくれなかったんすかね」
「それは嫌われてると思ってたから……だから仲良くなるために、もう一度ゼロの関係からやり直そうと思ったんデス。友達になって、相談とかして親しくなってからその後……」
「その後……?」
車のヘッドライトが道路を照らす。
俺たちの横を素早く通り過ぎ、青野さんの前髪や衣服が揺れる。
正面に巨大な告白フラグが見えた。
いやいやいやいやないないないない。だって目の前にいるこの女子はあの北森じゃん。憎まれこそすれ告白されるなんて地球がもう一つ存在するぐらいあり得ないだろ。第一、彼女にはすでに好きなやつが……いや、でも生命が住む別の惑星の存在する可能性は決してゼロではないし、人類が発見していないだけという可能性は十二分にあるわけだし、とすると青野さんが俺に告白することだって、この先永遠に宇宙人が見つからない可能性よりは高いかもしれないというか――――
「真也君」
「あっ、は、はいっ! 何でしょーか!」
「私ね、小学校の時からずっと—―」
――――ピロロロロロ、ピロロロロロロ。
「あっ、私の電話からだ。ちょっと待ってね」
そう言って、もしもしと電話に出る青野さん。
なんだこの寸止めオチ。
まー今のが愛の告白なんかではないことは分かってるから別にいいけどさ……でも……
あれ、何か忘れていないか、俺。
「どうしたんですか、寮母さん?」
電話の相手はコココさんのようだ。
受話器を両手で持ちながらはい、はいとすごく真剣に頷いている。
「……む、そう言うことなら仕方ないですね。分かりました。伝えるのはもうちょっと後にします」
会話は数分で終わった。
「何だったんだ?」
「……内緒デス」
「ガールズトークかよ」
「……そ、そうかも。ガールズトークです」
またコココさんが裏で何かを操ろうとしているのか? ったくあの人は……その性格さえなければどこぞの富裕層からプロポーズされてもおかしくないだろうに。もしくは俺とか俺とか俺とか。
その後、俺は中身のない会話をしながら青野さんを駅まで送った。
「じゃあ、また」
「ああ、また」
笑顔で改札の中に入る姿を見送った後、俺は駅構内でしゃがみ込んだ。
「……最悪だ」
まさか青野さんが、あの北森だったなんて。
メメメの助手になったところで、これ、どう転んでも恋愛フラグには発展しないやつじゃんか。
「これだから三次元はクソゲーなんだよ」
来た道を戻りながら、スマホで昔のアプリを再ダウンロードする。
それは一度、完全攻略した恋愛シュミレーションゲームだった。
こんな時は現実逃避が一番の癒しなのでね。
「でも……なーんか忘れているような気がするんだよなー」




