⑫―4
それは愛の告白以外の何物でもなかった。
近いうち、片思いの相手に自分の気持ちを伝えるつもりなのだろう。声の震えがその真剣さを物語っていた。
「あなたの心の中に別の女の子がいることは分かっています。でも……私、頑張りたい。だから、これからの私を見てくれませんか?」
とにかく、これ以上盗み聞きするのはよくない。俺は音を立てないように注意しながら廊下へと移動した。
「……ふぅ」
二人のいる管理人室に戻る気分にはなれず、二階の自分の部屋に戻る。途中で上級生と廊下ですれ違った。「一階で女子の姿を見なかったか?」と尋ねられたので「さっき妹が来ていましたけど、もう帰りました」とテキトーにごまかした。
靴下を脱いでベッドに寝転がる。
頭の中でさっきの青野さんの言葉が回り続けていた。
生まれて初めて、女子の告白の言葉を聞いた。
といっても相手を前にしたマジ告白ではないし、自分に向けられているわけではないからドキドキはしない。
でも何だろう、この胸のムカムカは。
心のどこかで、青野さんに興味を持っていたということか?
だとしたら原因は、コココさんが変なこと言ったからだろう。
俺のことが気になってるなんて何の脈絡もない言葉だったが、DTのDKであるゆえの思い込みが発動してしまったのかもしれない。
しかも“しんやくん”だもんな。
もちろん俺のことじゃない。
青野さんとはこの前、偶然出会ったばかりだし、小学校時代に青野茜という女子はいなかったはずだ。 少なくともクラスメイトの中に彼女の名前はなかった。それは間違いない。
「たぶん同名の男子なんだろうな……」
バスケ部の先輩とかかなとどうでもいい想像をしながら、青野さんに対して申し訳ない思いを抱いた。
愛の告白は地球規模で見れば一秒ごとに行われていると言っても過言ではないありふれた事柄だが、告白する当人にとっては人生最大と言ってもいいイベントだ。自分の思いを伝える勇気や、断られる恐怖に打ち勝たないといけない。
しかも、どうやら相手にはすでに好きな相手がいるみたいだ。それが真実なら青野さんの望みが叶う可能性はどう考えても低い。
それを承知の上での告白なのだから、それほど相手を強く想っているんだろう。
「青野さん、すんません……」
そんな彼女の一大事の時にコココさんの強引な勧誘でメメメの助手になるという話をもちかけてしまった。彼女からしたら面倒なサブイベントにしか思えないよ。
でもそれを嫌な顔一つせず受け入れようとしていたのは何でだろうか。あの性格のせいか。他人の前ではノーと言えなさそうだしな。うさのんもそう言ってたし。
「このままだと助手になる流れだよなあ……」
流れに逆らわないのは俺の信条だ。
強引に何かを変えようとしたら、必ず跳ねっ返りがやってきて、良くないことが起こる。
それが十五年間の人生で俺が得た経験則なんだけど。
「……そういえば相談に乗るって言ったしなぁ」
体育館裏で言いかけたのが告白についての相談だったとしたら、青野さんが助手になる流れを変えるというのも一つの流れかもしれない。
「……でもそれも憶測に過ぎないか」
なんてつぶやきながらも実際のところ心は決まっていた。
ベッドから起き上がり、一階へと戻る。
コココさんが作り出した流れと青野さんが生み出そうとしている流れ。
考えるべきはどちらに乗るかじゃない。
自分の心がどの方向に流れているかだ。
「くっそーうさのんの奴め、思わせぶりなことを言いやがって。青野さんにはすでに意中の相手がいるんじゃないかよ」
青野さんに告白される男子にちょっぴり嫉妬を抱きながら管理室のドアを開ける。
部屋に一歩入った時、そこにいた全員がなぜか立ち上がって顔を突き合わせている所だった。
「あっ!」
「し、真也君……」
「直里……」
「あれ、どうしたんですか?」
戻ってきた俺に驚く三人。いやトイレ行ってきただけなのにどうしてそんな驚かれなきゃいけないんですかね。
「いや何でもないんだ」
冷静を装ってその場に座りテレビを見はじめるコココさん。
しかし、そんなことで部屋の、というより二人のピリッとした空気をごまかせるはずもない。
「ううううう……」
「むむむむむ……」
出会って間もない青野さんとメメメがいがみ合うようにお互いの視線をぶつけている。
俺が不在だったのは十五分ぐらいだったと思うが、そのわずかな時間で二人の間に何があったというんだ?




