にのに
小さな身体に似合わないごついメガネ。
夏服にはおっている体操着のジャージはサイズを間違えたのか、スカートの位置までだらんと垂れさがっている。
まっすぐ伸びた黒髪が光を反射して艶やかに輝き、そして――
「ん?」
少女はメガネをおでこの位置まで上げた。
ほんのりと赤みがかった大きな瞳が丸くなる。
「それっ……わ、わ、私の箸っ!」
「えっ?」
少女が俺の手元を指差して叫んだ。言葉の意味を理解できないまま、自分の手元に視線を下ろす。
……これは俺の箸だよな。
再び少女に目を向けると、顔は茹でられたように真っ赤になっている。
「だからそれ私の箸……って、はうあっ! に、に、人間がいっぱいっ!?」
俺達を遠巻きに取り囲んでいる人だかりに気付いた少女が素っ頓狂な声を上げる。初めて人間を見た狼少女かよ。ってか、メガネ落ちたぞ。
ん? メガネの耳の辺りに何かくっ付いている。
これは……耳栓?
(おい、あれが噂の時河萌々女さんじゃないか)
(えーっ、本当にいたんだ。教室に来たの初めてじゃない?)
(誰だよ、サイボーグみたいな女だって言ったの。めちゃくちゃかわいい小学生だぞ)
「……ヒト、こわい」
ひそひそと囁く声を怖れるように手で耳を塞ぎ、ううううと小さくなる少女。あきらかに挙動不審だ。
その時、ジャージの胸の辺りにある『時河』という刺繍に気付いた。
ってことは、この美少女小学生がコココさんの妹か。
(直里クン、クラスのみんなには内緒だよっ)
ダメだ、砂場で見付けたビー玉を渡されるシチュエーションしか想像できない。
「……おい、大丈夫か」
恋愛フラグの消失によるショックも消えやらぬまま、メメメにいたわりの声をかけ、メガネを拾ってやる。
それが予想外だったのだろう。メメメは「えっ」と驚いて俺の方へ手を伸ばした。しかし周囲の声が聞こえた途端、再びひっこめてううううう。
おいおい、聞いてはいたが、それコミュ障ってレベルじゃないぞ。
仕方ないな……
「じっとしてろよ」
聞こえるように大きめの声でそう言って、俺はメメメの顔に直接メガネをかけた。ちっともドキドキしないのが悲しい。
「……あ、ありが」
メガネに糸でぶら下がっている耳栓をぎゅっと耳に押し込み、ぺこりと頭を下げる。はいはい、よくお礼ができましたね。ビー玉の替わりに飴玉をあげまちゅよー。
「これ以上ここにいたら視線で焼き殺される……離脱っ!」
クラスメイトの視線を電子レンジレベルの熱量と同威力と感じる辺り、人見知りレベルは俺と同じぐらいだな。なんて予測していたら、俺はメメメにぎゅっと腕を引っ張られ、教室の外へと連れ出される。
「おいおいおいっ、いきなりなんだよ!」
「無理無理無理無理無理無理ぃっ!」
どこへ連れて行かれるのかは知らないが、離脱先に到着したらお前ちびっこスタンド使いかよとまずツッコんだやるとしよう。