⑪―7
ストーリーすっ飛ばしてるからよー分からんが、スーツを着た最高責任者っぽいおっさんがそう叫んだ。
「ウオーボスダボスダ」
「ラスボスダ」
屋上へと移動して、待ちに待った……訳でもないがラスボスと対面。
名前はエンペラー。
宙に浮いた半透明のクリスタルボディのマッチョで、肉体の周囲を複数の水晶型物体が飛翔している。
バトルが始まった途端、画面に大量の文字が浮かび上がり、四角いスクリーンを覆いつくした。
【もーやだよー現実なんておもしろくないいつまでもゲームしていたい】
【どうして世の中には仕事というものがあるんだどうして上司はいつも口うるさいんだどうして休みは日曜日しかないんだ】
【ああ金が欲しい時間が欲しい自由がほしい女が欲しいとこんなにも願っているのにかなわないこの世界なんて滅びてしまえ】
【創造主ふざけんな。こんなクソみたいなリアルを七日間で作りやがって。一か月かけてもっと楽しくて遊んでばかりいられるワールドを作りやがれってんだ】
【※この文章はあくまでもボスの弱点となるワードであって、決して誰かさんの鬱屈した思いをここで発散しているわけではありません♪】
……勘違いだろうか。このゲームを作った人の叫びが聞こえてきた気がするが、それはいいとして、これだけ長い文字だと一般ピーポーの俺ではとてもじゃないが太刀打ちできない。
つーか、最後の最後でこれはずるくね?
「あー文字が見えないんだけど!」
メメメが愚痴ったのはもっともだ。
あまりにも一文が長い上、同時に三つ打ち込む文章があるもんだから、それぞれの文字が重なりあって隠れてしまっているのだ。
いくらメメメが光速タイピング技術を持っていたとしても、打つべき文字が見えないのならどうしようもない。
「直里、読める端から読んでって!」
「そんなこと言われてもだな……ええと」
まともに見える文章が一つもないぞと思っているうちに、ついにメメメ発ダメージを食らう。
「ああっ、もう! ムカつく!」
キーボードを叩いて怒りをあらわにするメメメ。
せっかくここまでノンコンティニューで来れたってのに……
「メメメ、文字が多いが、どの文章も同時に打てるようだから文頭が見えた端から打っていけ」
「分かった」
そしてエンペラーの次の攻撃。
手をかざすアクションと共に、水晶が一斉にこちらに向かってくる。
表示された文章はさっきと同じものだったが、軌道が変わっていた。
つまり文字の見え隠れする部分が変わる。
……なるほど。一度じゃ全文は分からないけれど、何度か攻撃をさせれば……
でもそれだとボスにダメージを与えるためにコンティニューが必要ってこと。
……エンディングを見たいなら金を払えと?
ずりいぞ、このゲームの開発者よ。
「ああ金が欲しい時間が欲しい自由がほしい――創造主ふざけんな。こんなクソみたいなリアル—―」
俺が画面の文章を読んで、それをメメメが瞬時に打ち込む。なんだかタイピングオブザデッドというよりシャウティングオブザデッドって感じだよ。
「ああっ、またダメだった!」
二度目の攻撃で、終始満タンだったライフが三分の一まで激減する。
「ガンバレー」
「ガンバレー」
背後のリトルグレイブラザーは応援してくれてはいるが、その表情は歯がゆそうだ。
気持ちは俺も同じだ。
どんなやつだって、こんなの攻略できるわけがない。
それこそ何度もコンティニューしたやつぐらいしか……
……ん、待てよ。
「……直里」
俺が一つのアイデアを思いついたその時、メメメが静かに俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
「それも使わせて」
「えっ?」
「……本気出す」
そう言って、メメメが俺の使っているキーボードを引っ張った。
膝の上に乗った二つのキーボード。
「それで、どうするんだ?」
「文章の傾向からそれっぽい文字を予測。片っ端から打っていく」
「……マジで言ってんのか」
「……今のでだいたい文章の68%は分かったから、たぶんいける」
「分かった。でもそんなことしなくても、もしかしたら打つべき文章が全部分かるかもしれない」
「……えっ?」
「ただ時間が少しかかる。それまでは自力でがんばれ」
俺の言葉にメメメはほほ笑んだ。
「うん」
そしてラスボス三度目の攻撃。
間に合うか。
俺はスマホを起動し、検索システムに素早く文字を入力。
打った文字は「タイピングオブザデッド アーケード ラスボス 文章」
出てきた検索結果をスクロールしていき、自分の求めている情報が載っていると思われるページを探す。
すると上位検索結果の中に『タイピングオブザデッド 最強デスモード ラスボスの攻撃パターン』という題のページがあった。
素早くそのサイトをタップし、ページ内へ。
「ビンゴ!」
伊達にスマホ世代を生きてはいない。
回り道することなく、一発でラスボス戦の文章が掲載されているページを見つけた。
「まずは一つ、」
二つの手で二つのキーボードを操作していたメメメが言った。
顔を上げると、おおお。四つの文字のうちの一つを打ち込み終えていた。
あと三つ。
「メメメ、俺が読む文章を打ち込め」
「分かった!」
サイトに載っている文字を読み上げ、それをメメメが打ち込んでいく。
画面上から二つ目の文章が消えた。
「これで二つ目っ!」
四つのうちの半分の文章が消えたことで、残りの文の隠れた部分が露わになった。
これで行けると思ったが、しかし――――
「あーっ!」
すべての文字を打ち込む前に、攻撃がこちらに届いてしまう。
画面上が真っ赤に染まり、『60』の数字が表示された。