⑪―5
「直里だって私に対人恐怖症を克服して欲しいからここにいるんだろ。トイレに行くって言って私を一人にしたのだってどーせそのためだろ」
「……いや、それは違うんだが」
「ごまかさなくたっていい。分かってるんだから……だからあきらめない」
メメメは、戦っていた。
自分の病気に打ち勝つために、周囲の視線に耐えながら戦っていた。
……こういう流れのつもりじゃなかったんだけどな。メメメを楽しませたいと思ってここに来ただけなのに。
出た端から次々と倒されていく凶悪なゾンビたち。
ボスキャラが現れても、一度もダメージを追うことなく、最短時間で攻略する。
「カミワザキタア」
「ナニコノショウジョ、ダレカシッテル?」
「コンナスゴイプレイ、ヨツベデモミタコトナイ。シカモナガラプレイダシ」
メメメが敵を葬るたびに、口々に驚嘆の声を上げるギャラリー。
しかし、こいつらは気付いていない。
メメメにとっての本当の敵は画面上ではなく、三次元にいるお前らだということに。
「メメメ、周りは視界に入れるな。目の前のことだけに集中しろ」
「うん」
それからメメメは普通のタイピングに加え、曲芸的なことまでやりだした。
両手を逆にして打ったり、片手打ちをしたり。
それは脳が恐怖を感じる隙を与えないようにするためだったが、観客側からすればパフォーマンスにしか見えない。
背後の盛り上がりを次第に大きくなり、それに合わせてギャラリーの数も次第に増えていった。
自分のプレイにこれだけギャラリーがいたら気分爽快なんだろうけど。
メメメにとっては苦痛が増すだけだ。
このわんさかいるギャラリーにメメメが気付いたら終わりだな。
「メメメ、ラスボスまで気を抜くな」
「う、うんっ!」
あれよあれよという間にステージは進み、ついにゲームは最終ステージにたどり着いた。
「ふぅ……」
ローディング時間。当然、キーを叩く手は止まっていないが、それでも少し気が抜けたようにため息を吐くメメメ。
「よし、このステージのボスを倒せばクリアだ」
「おっけー。ぶっちぎる」
その時、ずっと画面に目を向けていたメメメが俺の方を見た。
「あっ、馬鹿、こっちを見るな!」
「……アッ」
時すでに遅しだった。
俺に向けられていた紅い瞳孔がぐっと開き、そしてきょろきょろと動き始める。
そこには、さっきとは比べ物にならない数のグレイ達が立ち見していた。
二十体はいるだろうか、俺たちの逃げ場がないほどに完全に取り囲んでいる。
できれば最後まで気付かないままでいて欲しかったが。
「あわわわわ、人間がいっぱい……」
パニック状態に陥るメメメ。手は停まり、ノートパソコンが膝から落ちた。
「うおっ!」
ぎりぎり落下する前にノートパソコンを受け止めることに成功した。
しかしメメメはそのことすら眼中にない。あれ、目に渦巻いてますよ?
「無理無理無理無理無理ぃっ!」
大量の視線を浴びることにこれ以上耐えられなくなったのだろう。メメメはイスから飛び降りて机の奥に身体を滑り込ませた。地震の時は机の下に隠れて頭を押さえましょう。ってそれは小学校の時の避難訓練じゃないか。まあお前にとっちゃ災害レベルの危険なのかもしれんがさ。
「うううううう」
突然、机の下に隠れた少女に、周囲のグレイ達は状況が分からずに戸惑っていた。
しかしなぜかその場から離れない。次がラストステージだから、全クリするのを見たいのかもしれない。
「ダ、ダイジョウブデスカ」
一人のグレイがメメメに話しかける。
しかしメメメが反応するわけがない。まるで何も聞こえないかのようにうずくまったままだ。
……よし。
「す、すいません。ちょっとこの子、人見知りでして」
周囲のグレイにも届くように少し大きな声を出す。
ここでギャラリーがメメメを怖がらせていると伝えれば、さすがに去ってくれるだろうと踏んだのだ。
「あんまりたくさんの人に見られると―――――おいっ!」
ギャラリーの前列にいるグレイが横にしたスマホをメメメに向けていた。
それに気づいた俺は考えるより先にそのグレイに飛びかかっていた。
「こいつを撮るな!」
「ナ、ナンダヨ。ベツニイイダロ」
言葉遣いからして男か。このプレイバシー無視のヲタク野郎が。
その後、スマホの奪い合いになるが、ヲタク野郎は運動不足とは思えない力で俺の手を振りほどく。
そして再びこちらが飛びかかるより早く、身をひるがえしてその場から走り去っていった。
「おい、待てっ!」
すぐに後を追いかけようと思ったが、しかし今のメメメを一人置いておくわけには……
「……くそっ」
どうする? さっきのやつがメメメを撮影した動画をサイトにアップなんかしたら……。すぐに探して違反通告すれば削除されるか。
騒然とする場。
熱が冷めたグレイ達の大半が立ち去っていく中、俺はやり場のない怒りを拳に込めていた。
まさか、これで終わりか?
あともう少しで全クリだったっていうのに? 対人恐怖症と向き合って、それに耐えながらプレイしたっていうのに。また、いつものスタンド使い的流れで終わるのか?
今日一日、メメメをろくに楽しませもせず。
勝手にスマホで撮られていたのを止めることもできず。




