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ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド。
銃型コントローラーの代わりにキーボードを打ってゾンビを倒すガンシューティングゲームである。
画面に表示される【いぬ】や【ポット】といった文字をキーボードで打ち込むと攻撃することができ、逆に制限時間以内にタイピングできなければプレイヤーがダメージを喰らう。
ゲームシステム自体は非常に単純なのだが、難易度は割と高め。とりあえずブラインドタッチができないとステージ1のクリアすら危うい。
これ、キーボード操作に慣れていない学生よりもむしろサラリーマンの方が得意だったりするんだよな。
俺も過去にプレイしたが、ステージ3ぐらいから先には進んだことがなかった。検索ワードを入力する時にぐらいしかタイピングしない素人なので当然と言えば当然だが。
ちなみに元ネタはかの有名なガンシューティングであるハウス・オブ・ザ・デッド。
巨大なスクリーンに映る等身大に近いゾンビを銃で撃ち殺しながら進んでいくのはなかなかの迫力で、大してうまくなくてもギャラリーが自然と集まってくる。
だがタイピングの方はそうでもない。
筐体はネットカフェの個室に置いてあるパソコンとほぼ同じサイズだし、キーボードも旧式のボタンが異常に飛び出しているタイプ。一世代昔のゲームだから仕方ないけどね。
ということで、俺たちがそのゲームの場所にやって来た時も、TODをプレイしている人は誰もいなかった。
周囲には一昔前のゲームばかりが並んでいるところを見ると、この一角は一時期一世を風靡した後、一挙にブームが去り忘れられた一発屋エリアのようだそれにしても漢字の一が多いセリフだ。
背の高い丸椅子に腰かけ、百円玉を二枚入れる。
縦に空いた穴にコインが呑みこまれていく感覚に、中学時代のゲーム魂が蘇ってくる。
オープニング画面がはじまった。
『直里。どうすればいいの?』
『要は画面に文字が出てきたらそれをキーボードで打てばいい』
ストーリーが進行している間に、俺はメメメにゲームの操作方法をレクチャーする。ピンマイクがあるからいちいち声を張り上げなくていいのは助かるな。
『ふーん、よく分からないけどなんだかおもしろそう』
リアルの俺たちとは程遠い屈強なプレイキャラが、武器である巨大キーボードを上司から受け取る。シュールな絵だなおい。ピクセルも荒いしさー。
「お嫌いですか?」と聞かれれば「お好きです」と答えますが。
『直里。どーしてこのゲームを探してたの?』
丸椅子を少し回転させてメメメが尋ねる。
『……スマホとパソコンで同時にメール送ってくるメメメさんですからね。このゲームなら得意なんじゃないかと思ったんですよ』
『えっ? ……じゃ、じゃあ、このゲームを選んだのってもしかして私のためってこと?』
うっ、と目を逸らしてしまう自分。
そういうふうに言われるとちょっと困る。
『ま、まあ』
『……』
『あっ、あと他にメメメができそうなゲームが思い付かなかったってのもあるぞ!』
『……それバカにしてるよねっ!』
『そ、そんなことはないことはないぞ!』
『否定したことを否定したっ! くそー……でも許す。私のために探してくれたのはちょっとうれしかったから』
『…………』
そう素直に喜ばれるとどうリアクションを取ればいいのか分からないので黙っていると、指先でえいと脇腹を刺された。
『うげっ……何だよ』
『ねえ、まだはじまらないの♪ 早くゾンビをバッタバッタとなぎ倒したいぞよ』
『そうだな、時間も限られていることだしはじめるか』
エンターを押してオープニング画面をスキップ。
ゲーム開始だ。
舞台は現代の西洋を思わせる、荒廃した石畳の街。
教会に入ったところで早速ゾンビが二体現れる。
【こいぬ】
【おばけ】
『うわ~、キモい!』
『当時のホラーゲームは画像荒いが無駄にリアルなのが多いからな』
ド派手な色の毛虫を見た時のように顔を歪ませるメメメの横で、ゾンビ二体を打ち殺す(・・・・)。
『今【こいぬ】って出たみたいにこれからたくさん単語が出てくる。出た端からどんどん打っていけ』
『う、うん』
『教会を出たらまたゾンビが出現するぞ』
外に出ると、行く手をゾンビに遮られた。打つ文字は【あたま】【からだ】【せなか】など体のパーツ。
「どれから打とうかな?」
「いやそんな暇ないって」
そうこうするうちにゾンビたちが近寄ってきたのでまたも俺が全部倒す。
ゲーム初心者だから仕方ないが悠長だな。
「おいおい攻撃されるからさっさと打ってくれよ」
「そんなこと言われたっていっぱい出てきたら戸惑うじゃん!」
「分かった分かった。じゃあ右側にいるゾンビから順番に倒していけ」
「……うん」
角を曲がると一人の住民がゾンビに襲われていた。ヘルプミーとプレイヤーに助けを求めている。
このような救助イベントは成功すればボーナスがもらえるが、時間制限が厳しいため助けられないのが普通だ。
「メメメ、【凶悪なストーカー】!」




