⑪ 手を繋いだコミュ障の二人はなんとかお目当てのゲームにたどり着いた。(修正ver)
入口から一歩踏み入れた途端、世界が変わる。
黒のキャップを深々とかぶり、息を吸うと、長いこと忘れていた中学時代の感覚が蘇ってきた。
「とりあえず一番上」
「う、うん」
俺の手に導かれてエスカレーターに上る。エレベーターは怖いから使わない。密閉された空間で他人といる気まずさに耐えられないのもあるが、それ以上に不良と乗り合わせる危険を避けるためだ。中学時代に三千円取られたトラウマから俺は学習済なのです。
「×〇△な※?」
メメメが何か俺に話しかけてた。しかし周囲の音で聞き取れない。まあゲーセンは他人とコミュるためのものではないから、それで支障はないのだが。
な・ん・だ。口の形でそう尋ねると、メメメは不満げにほっぺたを膨らませてで自分の耳を閉じるしぐさをした。この騒音をどうにかしろと訴えているようだ。そんなこと言ったってよ。
ム・リ・だ。と伝えるとメメメは耐えられないという風に手をぶんぶん動かし、俺のメガネを奪い取った。そして何か指で操作するようにメガネを触ると再び俺に渡す。
メガネを掛け直すと画面に『マイクON』とある。
『ねえ、このうっさいのどうにかなんないの?』
耳に付けた極小イヤホンからメメメの声が聞こえる。なるほど襟に付けたピンマイクはこういう時に使えうのか。
それにしてもピンマイクを使っても外部の音は聞こえたままなんだな。
『じきに慣れるから我慢しろ。でもこのイヤホンで何とかならないのか?』
『これノーキャンセリングだから無理なの』
『じゃああきらめろ。一時間もすればむしろ喜びに変わるから』
『なんだそりゃそりゃ』
疑うようなジト目を向けられる。でも本当だから。
最上階の六階は多くの宇宙人で溢れ返り、リアルインベーダー。
入口にポスターが貼ってあったが、どうやらこのフロアで新型ゲーム機の体験フェアを行っているらしい。
メメメは不安そうに俺を見上げて、手をぎゅっとしてきた。
さすがにこの人混みはきつそうだ。
しかしこの奥に俺の探しているゲームがあるかもしれない。
『メメメ、この奥に行きたいけど、大丈夫か?』
俺が尋ねた時、目が一瞬泳ぐのが分かった。目の前のわらわらする宇宙人を見てゴクンと喉を鳴らす。
『私、行けるかな……』
自分自身に問いかけるようにつぶやく。
『お前が作った銀色生物だ。別に捕まってUFOに連れ去られることもない』
『……それは別にいいんだけど』
いいのかよ。
『でも、本当はみんな全部人間なのかと思うと……』
それはそうか。
いくらVRの力で現実を改変したところでリアルを忘れることは絶対にできない。
なぜなら俺たちは奥行きのある三次元世界で生まれたのだから。
『……む、無理っ』
この人混みの中を行く自分を頭でシュミレーションしたのだろう。突然、顔が青ざめ、後ずさりするメメメ。しかし手は絶対に離さない。ずっと繋いでいたから、二人の手は汗でもうべとべとだ。
『じゃあ俺がぱっと行ってぱっと帰ってくるから、ここで待つってのは大丈夫か?』
『そ、それは絶対に無理っ! 殺す気かぁ……』
いやテンパってくるくせにツッコまなくていいから。
どうする、まさかこんなに怖がるとは予想外だ。
比較的人の空いている階から探していくしかないのか。
エスカレーターで上ったり降りたりを繰り返しながら探せってのか。時間も限られているってのに。
『くそっ、〝TOD”の場所さえ分かれば……はっ、』
その時、もう一つの方法に俺は気が付いた。
店員に尋ねる。
その方法を取ればおそらく確実にゲームの場所が分かるだろう。一瞬で、一発で。
しかし……それが俺にできるだろうか。
『直里、“てぃーおーでぃー”っていうゲームを探しているの?』
『悪い、ちょっと考える時間をくれ。何とかするから』
勇気を試されているのはメメメだけじゃない。俺もだ。
メガネをずらして店員らしき人を探す。
あっ、フェアの所に一人いた。人を見ては「奥に進んでください」と人員整理をしている。声を掛ける隙がないこともないが、しかし忙しそうだ。やはり他の店員に……
だが他の店員はフェアの中心部のエリアに固まっていた。
つまり人口密度MAXの位置。
血の気が、引いていった。
どうすれば、どうすれば、どうすればどうすれば?
『ねえ、直里』
その時、ぐいっと手が引っ張られた。心配そうな目で俺を見つめている。
『ああっ、わるい……ちょっと探しているゲームが見つかりそうになくて』
『分かったよっ』
……えっ? お前、今何て……
と突然、視界に建物の設計図のようなグラフィックが浮かび上がった。
このゲーセンのフロア案内図だ。
『このゲーセンのPCにアクセスしてゲームの設置場所を割り出した。“てぃーおーでぃー”は五階のエレベーター付近』
ポンッとグラフィックを消してブイサインでどやー。
『ほら、行こ?』
気が付けば、手をぐいぐいと引っ張って俺を誘っているメメメがいた。さっきの不安そうな顔が嘘のようだった。少し前まで恐怖で顔が引きつっていたのに。いったい何が彼女を救ったのだろうか。
『……お前、それ犯罪だろ、バカ』
下を向いて俺はできるだけ平静を装って言った。
『ち、違うもん。ちゃんとユーザー画面からアクセスしたページだしっ!』
『本当かよ、信用できねえな』
『だ、黙れバカダヌキッ! ってキャッ! な、何すんだっ!』
繋いでいる手をギュッと握られて戸惑うメメメ。へへっ、ざまあみろ。
『何でもねーよ、ほら行こうぜ』




