⑩―4
「悪い、待たせた」
店から出るとほっぺたの膨らんだ顔が俺を見上げてきた。
「遅い」
時間を確かめてから、スマホを乱暴に鞄の中へと突っ込むメメメ。不機嫌なのは明らかだが、それでも俺の電話が終わるまでこうやって待っていたのは意外だった。妙な所で真面目なやつだ。
と思ったら、いきなり俺の胸倉を掴んで、俺との身長差を縮めるように引き下げてきたので、ちょっぴりビビりました。
「意味分からんっ。一刻を争うこの状況でなぜ電話っ? おかげで何も買えないまま電車に乗る時間になっちゃったじゃないかっ」
「そんな怒るなって。俺も時間のことは気にしていたんだが、あー相手が相手だったもんだから」
「相手が相手? まさか……オ、オンナと電話してたのかっ!?」
「アホか。どんな流れでそうなる」
まあ確かに性別上は女性ですが、アナタもよく知っている相手ですよ。
「……フンッ」
メメメは今にも殴りかかりそうな勢いで俺を睨みつけていたが、途中で気が変わったのか、あきらめたかのように振り上げた手を下ろした。表情は少し悲しそうに見えたが、俺に表情を見られたくないのかすぐに背中を向けた。
「分かってる。どうせお姉ちゃんでしょ」
「……そうだけど」
「で早く帰れって? お姉ちゃん、時間にうるさいもんね……」
「いや、もう一時間遊んで帰れってさ」
「嘘よ、お姉ちゃんがそんな優しいこと言うわけない」
あれ、お姉さま。普段、妹にはお厳しいんですか。溺愛している妹にはっきり厳しいこと言われてますけど。
仕方ないな、さっきの内容をメメメに送ってもらうようライン打っとくか。
「……本当にそう言ったの?」
「逆にこれが嘘だとして俺に何のメリットがあるんだよ」
「……ゆーかい。みのしろきん」
おーおー、俺を犯罪者扱いですか。いっそ本当に誘拐してやろうか。へっへっへー、妹の命が惜しくば一億用意しろー、って。
……いや、無理だな。何よりも惜しいのは自分の命だ。
「あ、お姉ちゃんからメール」
よし、これで俺の言ったことが本当だって理解してくれるだろう。ただ問題はこれからどこに行くかだな。コココさんは俺の世界へ連れて行けって言ったが、そんなものありゃしないし。
唯一考えられるのはゲーセンか。俺が対戦相手をバッタバッタとなぎ倒していく姿を見せるとか? いや、その流れは絶対に危ない。彼女連れだと勘違いされて、格ゲーに人生振り切ってる連中に狙われるのがオチだ。
なら二人で仲良く格ゲー? それこそ吉田兼好的にもつれづれなること限りなしですよ。スティック握ったことないド素人のメメメ相手に『ピヨピヨ使い』の名で恐れられた俺が戦うなんてアリVSゾウの戦いぐらいつまらないゾー?
いや、待てよ。別にスティックじゃなければ……
「おい、メメメ」
「……はっ、はいっ、元気ですっ!」
スマホを隠すように手を後ろに回すメメメ。俺は小学校の先生じゃないので健康状態はいりませんが。ん、でも元気なわりには顔が赤いな。
「どうした、熱でもあるのか?」
「ね、熱!? んなもんないよっ!?」
「そうか、その割には顔、真っ赤だが……」
「う、うるさいな! そんなことよりこれから私をどこに連れていく気? 言っとくけど買い物とかグレイじゃんじゃんいる所はNGだからね!」
堂々と言うことではないぞ。なんかカッコよく聞こえたじゃないですか。
「金がないからどっちにしろ買い物は無理だろ……やっぱりゲーセンしかないか」
「ゲ、ゲーセンってゲームセンターのこと? それって普通の高校生行くよね?」
「まあ、そうだな」
ゲーセンに行くのは全高校生がやることだと思うが、そこで何をするかによって普通のカテゴリーから離れていきますかね。
「別にいいけど、人はいないんでしょうね」
「いや、全くいないことはないけどさ、でも心配しなくていいと思うぞ。他人に関心がないやつらばっかりだから」
「他人に関心がない……そんなことってあるの?」
いや、俺もお前も割とそうだと思うよ。
「行けば分かる。ちょっと歩くけど付いて来てくれ」
「どこ行くの? ゲーセンならすぐそこにあるってナビが」
「いや、やりたいゲームがあるんだ。でっかい店にはおそらくもう置いてない。ほら行くぞ」
「ま、待って!」
「まだ何かあるのか?」
俺の問いかけにメメメは「うっ」と口をつぐんだ。言いにくいことなのか、指をくっつけたり離したりしながらモジモジしている。
ひょっとして、トイレか?
「……手、繋いで」
「えっ?」
テツナイデ? それは何かの暗号ですか?
「一人で歩くの怖いから手を繋いでって言ってるの!」
「あっ……うすっ」
おービックリしたぁ、あまりに唐突すぎて意味が理解できなかったよ。
はいはい、手を繋ぐのね。相手がメメメじゃなければ恋愛フラグですね。はい、とても残念です。
「……アンタ、手あったかいわね」
「そういうお前は冷たいな」
「うっさいタヌキッ! 手の温かさと心の温かさは反比例の関係なんだっ!」
おいおいこんな真横でキレんなそんで手に力を入れんな。
至近距離で女子に手をぎゅって握られたら俺のピュアなハートが錯覚すんだよ。
「……ほら行くぞ小学生」
「うるさいポンポコリン」
あーかわいくないかわいくない。一人で歩くのが怖いなら俺はお前のライフラインじゃねえかもっと大切に扱えよなと歩きながら思いました。




