⑨―2
「ナンダソノカオハ。マルデハトガマメデッポウヲクラッタヨーダゾ」
「紛らわしいから普通に喋れ」
宇宙人の声真似をするメメメにコココさん直伝の脳天チョップを喰らわせる。
「な、なぜか叩かれたっ!?」
「なんとなくムカついたから。このピンマイクは何に使うんだ?」
「むー叩いたから言わない」
「そうか。ならつねる」
「そ、それはいやあっ……ちっ、仕方ない」
メメメは悔しそうに俺のメガネのフレーム部分を操作する。
『聞こえる?』
「うわっ!」
「バカ、急に叫ぶなぁっ! み、耳がぁっ」
突然、耳に大音量が飛び込んできた。
がんと殴られたように頭に痛みが走る。メメメも同じリアクションをしているところを見ると俺の叫び声がピンマイクから届いたのだろう。メガネのフレーム右端をぐるぐると回している。俺も真似してやってみると、視界の端に『ボリューム』のアイコンが登場した。ここで音量を調整できるようだ。
『ううう、耳がキーンとするっ』
『それはこっちのセリフだよ。なんだよこれ』
『マイク機能。周囲がうるさくてもこれで会話ができる……便利な機能だけど、初期設定音量は調整の必要あり』
そう言ってマイク機能をいったんOFFにすると、仕切り直すように今回の外出目的について話した。前にも思ったが普通に会話できるのなら今後もメールで返事せずに口頭でやってほしい。
「今回の目的はこのグレイグラスおよびボイスチェンジャーの機能テスト。秋葉原を散策しながらそこで気付いたことをレポートにまとめる感じ」
「またレポートか。俺もやるのか?」
「当たり前だろ助手」
メメメはそういってふっふーと笑いうと、何を思ったのか立ち上がって俺の前でメガネを掛けなおす仕草をした。
「これで世界中の人怖なヒッキーもみんな外に出られる。教室に行っても怖くない、ってわあっ!」
停車前の電車が急ブレーキをかけ、足元が激しく揺れた。身体を揺さぶられた勢いで、メメメがその場にどでーんとぶっ倒れる。
「うぎゃっ!」
「アラアラダイジョウブ?」
床に叩きつけられたこのバカに乗降口のそばに立っていた宇宙人(の姿に変えられたおばあちゃん)が心配そうに声をかけてきた。
「……はっ、」
宇宙人と目が合った瞬間、メメメの顔からみるみる血の気が引いていくのが分かった。わわわと逃げるように席に戻り、下を向く。それからは自分の殻の中に閉じこもるようにぴくりとも動かなくなった。親切で声をかけてくれたのに失礼すぎるだろ。
「アラアラテレヤサンネ」
「ど、どうもすいません」
メメメの代わりに頭を下げると、宇宙人は小さく会釈して駅へと降りていった。
「メメメさんよ、心配してくれたんだかあらありがとうの一言ぐらい言えよな」
「だ、だって知らない人に話しかけられるなんて思ってなくて……」
宇宙人の声でも他人に話しかけられるのは怖い、か。
「だったら大人しくしとけ」
「……そうする」
「それにしてもこの先が心配だな。直接会話できないんじゃ」
「くっそー、メールで話しかけてくれれば大丈夫なのに」
ふてくされた子どものように口を膨らませるメメメ。
こんなのでアキバに言って大丈夫かな。
「メメメ、アキバに行って何をするんだ?」
「はっ?」
俺の質問が癪に障ったのか、涙が残ったその目で睨みつけてくる。
「何を言ってんだ。私が分かるわけないだろ」
「えっ、でもアキバに行きたいって言ったのはメメメだろ?」
「それは直里が行ったことがあるって前に言ったからそうしただけ」
……確かにそんな話をしたことはあったけどさ。
でも俺も、ゲーム屋とゲーセン以外ほとんど足を踏み入れたことないぞ。
「つまり完全にノープランなのか」
「でもレポートを書かないといけないから、普通の高校生がすることの方がいい」
「普通の……」
そりゃ難題だな。“普通”は俺にとって苦手科目です。
「前に話してたじゃんか。ええとカラオケ、とか?」
「カラオケ……お前、カラオケがどういう場所か分かってるのか?」
「歌うところでしょ。分かってるもん」
「歌える、のか?」
コミュ障のくせに人に自分の声を聴いてもらうなんて無理な気がするんだけど。
「直里はいつも私を馬鹿にする。言っとくけど音楽の授業は得意だったんだぞ。先生に『時河さんは元気いっぱいだね』って褒められたこともある!」
いつの話だよ。それに学校の音楽とカラオケは別物だぞ。
ん、でも『元気いっぱい』?
「メメメ、人前で歌うのは平気なのか」
「えっ、カラオケって知らない人の前で歌うのか?」
「いや、そういうわけじゃないが。音楽の授業の時はみんなの前で歌ってたんだろ」
「い、今は絶対に無理だけど、当時は歌うのが楽しかったから……」
「楽しかった、か……」
楽しさで他人の視線を忘れることができるなら、これはメメメのコミュ障を改善する鍵になるのかもしれないな、とふと思った。
「そこまでメメメがカラオケに行きたいって言うなら行ってもいいぞ」
「別にそこまで言ってない。あっ、あと研究に必要な道具が欲しいかも。売ってるかな?」
「そういう機械の部品関係も買いたいならアキバほど好都合な街はないぞ。今じゃオタクカルチャーの発信地として有名だが、元は電気店街だからな」
「おおー、それはいい情報」
普通の高校生だったら絶対に足を踏み入れないエリアけどね。
「……とりあえず何とかなりそう、かな」
ゲーセンは行けるか微妙だが、まあ今回はメメメのためにアキバに行くんだし、どうせなら楽しませてやらないと。午後に向けて青野さんとメメメの友達フラグも作らないといけないし、まーこっちはあまり乗り気じゃないが。でも今回の外出をメメメがOKした時にした、コココさんのあの嬉しそうな笑顔を見たら、少しは協力してあげたい。と思わない男子はいない。
あーでもこのメガネのレポートも書かないといけないんだよな。ぼっちで出掛ける時はこんな苦労なかったのに、連れがいるというのは色々と面倒なものだ。
ただ、それを苦痛と感じないのはきっと眠気のせいだろう。横を見ると、メメメもうつらうつらとしている。
今のうちに充電しておくかと、俺は腕を組んで目を閉じた。




