⑨ ぼっちのメメメが秋葉原に行きたいらしく、とりあえず俺達は電車に乗った。(修正ver)
『……うううう、まだほっぺたじんじんする』
メメメはさっきまでびよーんと引っ張られていたほっぺたをすりすりとなでながら、もう片方の手でスマホをいじりメッセージを送ってきた。
「人が心配してやっていたのに眠っていたお前が悪い。っつーか何時に寝たんだよ」
隣に座っている俺はメールに対して口答で返す。周りから見たらまるで俺が独り言を言っているように見えるだろう。そんでメメメは俺を無視してスマホをいじっているように見えているに違いない。
おお、なんて劣悪な関係だ。
『……緊張して眠れなかったんだよっ!』
「人怖のくせに東京になんか行こうとするからだ」
正直、俺だって東京は怖い。今回はメメメがいるからいいが、一度一人でアキバに行った時とか周囲の人類見て半泣きだったからなー。ゲーセンに入れば動悸は収まったけど、外とか店とかはマジ無理。
『……眠れなかったのはそんな理由じゃないし』
ではどんな理由なのでしょうか、と追求する前に、座席の隅二つを陣取っていたおばちゃん二人が立ち上がろうとしているのに気付いた。次の駅で降りるのだろう。
「メメメ」
「えっ、なっ」
俺は素早く移動し、メメメを端っこに座らせた。
ひとまずこれでメメメの隣に知らない人が座ることはない。
いや、別にメメメを気遣ってるわけじゃないよ? ちゃんと助手としての任務を果たさないと後でコココさんから恐ろしい目に合いそうだからさ、ほんとそんだけ!
「隅の席の方が安心だろ?」
「ふ、ふん。余計なお世話だし」
俺の親切を有難迷惑とでも言わんばかりにぷいと顔を背ける。この野郎。もう一度ほっぺたびよーんとしてやろうかと手を開こうとして、メメメの耳の中にある何かがきらりと光った。
「ん? 耳に何か付けているのか?」
「うっひゃあ!」
俺の指先が耳に触れた途端、メメメはびくんと身体を跳ねらせ、両手で耳をガードした。かあっと顔が赤くなって俺を睨みつける。
「ばかばかばか、耳弱いんだって」
「……す、すまん」
恥ずかしそうな表情に、自分の顔も紅潮するのを感じた。でも耳が弱いってどういう意味だろうか。くすっぐたがりってことなのかな。
「これはボイスチェンジャー」
「ボイス……?」
「前に話したはず。忘れたのか助手」
メメメが美少女キャラの頭部のチャックをジジジと開け、中から脳みそ……じゃなくて指輪でも入っていそうな小箱を取り出した。
小箱の中に入っていたのは対になっている小さな透明の物体だった。
「……フ、フンッ。飼い主としてタヌキ助手のお前に任務を与える。感謝しなさい」
「おい、飼い主って何だよ」
「つべこべ言わずに耳の穴に差し込んでみるっ」
手の平に受け取ったそれは網目状の繊維を重ね合わせた不思議な構造をしていて、見てくれは耳栓に似ていた。つまんでみるとゴムのように柔らかくて指で簡単に潰れる。だから装着に大して苦はなかった。のはいいが、小さすぎてすっぽり穴に収まってしまったので取り外せるかどうかがちょっと心配。
「付けた?」
「ああ、一応」
次に取り出したのはメガネケースだった。
「それARグラスだよな?」
「当たり前のこと聞かないでよねバカ助手。あとこれはピンマイク。首元に付けて」
と言ってARグラスといっしょに渡されたのは“S”の形をしたピンバッジだった。ブラックカラーだったのは幸いだったが、それでもシャツにバッジ付けるってダサいというかカッコ悪い。
「バッジ型のピンマイクはシャツの首元に留める」
「……こ、こうか?」
「もー下手ちんめ。もうちょっとこっち……」
ピンバッジを付け直そうとメメメの頭が俺の胸元に近付き、小さな手の感触が首に当たる。うわっ、なんだコイツ。石鹸みたいなめちゃめちゃいい匂いがする。
くっ……ドキドキなどしていないぞ。こんなフラグオンザオムライスなチャイルドに誰がドキドキなんかしてたまるかって。
うん、これはドキドキなんかじゃない。ドキドキでは――――そうだ、これはいわばあれだ。娘にネクタイを直してもらうお父さんの気持ち。微笑ましさってやつだ。俺に娘いないけどきっとそうさ。そうさそうさなんくるないさー。
「おし、これでいい」
そしてメメメは自分の首元にも同じものを装着する。ちなみに形状は“S”でした。
「“S”と“M”っておい……」
「名前から付けただけ。特に意味はない」
“真也”と“メメメ”ってことか。
いやいやいや、お前はそのつもりでも周囲はそうは思ってくれねーから。むしろ二人の関係性を公表しちゃってるみたいに見えるし、だとしたらどっちかっていうとお前がSだから!
「これ、外すわけにはいかんとですかね?」
「何言ってんだ。まだ誰にも見せてない最新機器だぞ。むしろありがたさにヘヘーッて頭を垂れて然るべき」
「……ありがたやー」
「棒読みマジムカつく」
同じメガネにピンバッジって、ペアルックのセーター着たカップルほどじゃないが、それでもかなり照れくさい。こんな所をクラスメイトに見られたら完全にバカップル扱いだ。でも実際は非リアの二人なので余計につらい。
「で、これをどうするんだ?」
「フレームの金属部分を人差し指でダブルクリック。そしたら直里のアカウントで起動する」
指示通り、メガネの端っこをポンポンと指で叩いてみる。すると丸い形をした待ち時間のアイコンが現れた。おおっ、パソコンみたいじゃん。ちょっとだけワクワクしてきたぞ。
やがてアイコンが消え、『ウエルカム・トゥ・メメメワールド』というメッセージが表示される。まさか自分の名前を使うとはなかなかの中二病だな。まあメメメが作ったんだから別に問題はないですが……
あれ、周りの人が光りはじめたぞ。それどころか形がぐにゃぐにゃと変わりはじめ……ん? もしかしてこれって……
「メタモった?」
「……まあ」
宇宙人に占領された電車内で唯一の人類である少女に頷く。動物にメタモルフォーゼしたARグラスを付けたことがあるからさほど驚きこそしなかったが、ただグレイバージョンの方はちょっと不気味だ。可愛くデフォルメされていた動物とは異なり、かなりリアルな作りになっていた。
「……この電車は一体どこに行くんだろうか」
「えっ、秋葉原じゃないの?」
「もはや宇宙人の秘密基地に思えてならない」
車両にブレーキがかかり、ゆっくりと減速しはじめる。
『マモナクヨコハマ。ヨコハマデス』
「……なんだこの声」
意味のない文字の羅列を順番に読み上げたかのような声が車両内に響き渡る。
アナウンスだけではない。よくよく注意して聞いてみると、周囲の乗客も宇宙人みたいな言葉遣いをしていた。
原因は言うまでもないが。
「メメメ……ボイスチェンジャーってつまりはこういうことか」
「見た目も声も完全再現。すごいだろ」
自慢気に言うメメメの声は変化していない。
この極小イヤホンもARグラスの時と同じで、メメメには影響を与えないようだ。




