⑧―3
グッ……グッ……。
小学校の林間学校で肝試しをした時、ペアの女子と手を繋いだことがある。
それは俺の黒歴史の中でもかなり濃厚ブラックの思い出だ。
ペアの相手はクラスで人気の女子。
顔はおぼろげだが、確かにかわいかったのは覚えている。選ばれた時は他の男子にめちゃくちゃ羨ましがられたし。
俺もまんざらでもなく、よし俺がリードして彼女を守るんだなんて息巻いていたのだが、いざ肝試しが始まると実際に守られたのは俺の方だった。
「ひっ!」
と叫ぶのは女子ではなくて俺。
お化け(の仮装をした先生)が出る度に、反射的に女子を盾にして自分の身を隠すなんて、あー俺のバカバカバカ。最低にもほどがある。
でも、あの時は怖くて仕方なかったんです。
「直里君、もう大丈夫だよ」
肝試しのゴール直前、ペアの女子は俺を安心させるようにそう言った。「お前使えねー」と言われて当然の状況なのに、性格よすぎだろ。
それが余計に情けなくて、俺は彼女に謝りもせず逃げるようにその場から走り去ってしまった。
それ以来、クラスでも彼女のことを避けるようになり、その後小学校を卒業してから一度も会っていない。
その後、強くなりたくて空手クラブに入ったんだよな。途中で面倒になって三か月で辞めたけど。
グッ……グッ。
人の視線は俺も得意じゃない。特に休日の秋葉原の人混みは恐怖と言っていい。
中学の頃は毎月通っていたが、ゲーセンの中は大丈夫でも、移動の際は必ずイヤホンしていたし、キャップも外せなかった。
あれから随分行っていないから、正直不安はある。
グッ……グッ。
「……大丈夫だぞ」
つぶやくようにそう言ったのは、メメメを安心させる以上に、自分にも言い聞かせる意味もあったのかもしれない。
小学校の黒歴史の上塗りをするのはさすがにかっこ悪すぎる。
特に今回のペアは俺よりもビビりなんだから、ちゃんと守ってやらないと――――
「すぴー」
――――ん、“すぴー”って?
メメメの口から漏れた言葉とも取れない謎の声が聞こえ、耳をそばだてる。
「……すぴー……すぴー」
……なんだ、この音?
おいマジかよ。まさか、コイツ……
シャツの代わりに俺の手を握らせ、もう一方の手でメメメの肩を持つ。
そしてそっと振り返り、メメメの顔を覗き込んだ。
目を閉じて、静かに上下する少女の顔の中心で、鼻風船が膨らんでは縮んでいた。
「すぴー」
――グッ。
「すぴー」
――ググッ。
呼吸と裾を掴む“グッ”のタイミングがやけに同じだと思ったら寝てやがる。
……このガキ、思わせぶりな行動取りやがって。
この落とし前、どう取らせてやるべきか。
『まもなく、一番線に、列車が、参ります。危ないですから――』
駅構内にアナウンスが流れた。まもなく電車が来るようだ。
立ち寝中のメメメを起こさねばなるまい。
ついでに落とし前も付けてもらうとしよう。
さて何がいいかなと軽く思案すると、俺を構成する三十七超個の細胞が「ほっぺた引きの刑が妥当である」と叫んだ。
満場一致ということで♪
ふっふっふー食らうがいい。
(※注 目的はあくまでもメメメの目を覚まさせることであり、別にいじめるのが目的なのではない。ここは大事な所なので。三回言っておこう。これは眠気覚ましでありいじめではない。これは――)




