⑧―2
根岸線から京浜東北線の直通運転の南浦和行きに乗ると秋葉原まで一本で行ける。
ホームには思っていたより人は少なかった。ベンチは一席間隔で埋まっていて、列車の各乗降口に立っているのも二、三人程度。
これならすぐに座れるだろうけど、念のため端っこの車両に乗っておこうかな。
いつもの思考回路でそう考えて歩き出したのだが、二の足を踏む前にシャツの裾をぐいと引っ張られた。
「……どこ行くの?」
俺の服にしがみついたまま、メメメは言った。顔は俯き、足元に視線を向けている。
あ、やべ。今日の俺は一人じゃないんだった。
他人と行動を共にすることなんてないから忘れていたよ……
「真ん中らへんの車両は混みやすいから、前の方に移動しようと思って」
「……そ」
小さな手がシャツを離す。
め、珍しく素直だな。
まるでメメメじゃないみたいだといつの調子で茶化そうかと思ったが、なんとなくそんなノリの雰囲気ではない。
大人しい。
ほんの数分前まで元気そうに口ゲンカしていたのに、まるで別人のようだ。
「行かないの?」
「……あ、いや」
促されて歩き出すとメメメも俺の後に付いてきた。
てくてくてくと俺の真後ろにぴったり貼り付いている。
お前は二次元RPGから転移してきたドット絵キャラかよと振り向いてやりたいが(ちなみに二次元RPGで後ろを振り向くと真後ろのキャラとはすれ違ってしまいます)、この雰囲気ではおスベリ様が降臨するだけだし、それに周囲の目もあるのでやめておいた。
それでなくても俺たちは注目されていた。
もちろん、見られていたのは俺ではなく後ろのこれだ。これでも世間一般的には美少女カテゴリーの超絶ランクに位置する見た目の持ち主だからな。こいつの性格を知らない他人が思わず見とれてしまうのも頷ける。
とは言え、付き添いの俺まで注目されるのは結構つらい。「なぜあんなに可愛い子があんな野暮ったい男に?」とか思われてんだろうなーなんて考えると今すぐにでもここから逃げ出したくなる。
結局、俺もメメメも目を伏せた状態で、ダメージ床をただひたすら進むのだった。
「はぁ~」
ホームの端までのわずか数十メートルの距離を歩いただけでもーぐったりですよ。
いちばん隅の乗車口には並んでいる人がいなかったので。それは良かったけれど。これならたぶん座れるし。
それにしてもこの程度で緊張するとは。ここ数週間、寮と学校を往復するだけの閉鎖的な生活を送っていたせいだろうか。他人の視線に対して前より敏感になっている気がする。
電車が来るまであと三分。
スキマ時間を利用してスマホゲームで体力を回復させたいところだが、メメメがいるので何となくはばかられた。
「少し待てば電車が来るから」
背後のメメメに言うと、また俺のシャツがぎゅっと握られる。
……大丈夫か?
様子が気になって振り向こうとしたのだが、その時シャツを握る両手にぎゅっと力が入った。俺は後ろ向きに引っ張られる形になり、足が地面から離れて後退すると、背中にメメメの頭がぶつかった。
「お、おい――――」
俺の言葉を待たず、頭で背中を押すように体重を預けてくるメメメ。
吐息がシャツ越しに吹きかけられ、熱が広がる。
「あのー、メメメさん?」
眼前にそびえ立つスカイツリー級の恋愛フラグを無視しながら尋ねる。
しかし返事はない。
うーん、こういった流れは予想していたけれど、まさかこれほどとは……
初めてこいつと出会った教室での出来事が頭に浮かぶ。
メガネが外れて、メメメが耳を押さえて床にうずくまっているあの光景を。
家族以外の人間と外出するのは今日が初めてなんだよな。
メメメが大人しくなったのはコココさんと別れてからだ。ホームに降りてから今まで、ずっと俯いたまま俺を見ようともしない。
やっぱり、人が怖いのか。
といってもARグラスは装着済みだから(今日は銀縁なのでグレイグラスのようだ)メメメの視界に人は映っていないのだろうけれど、それでも……あれ? そういえば耳栓はしていなかったような気が。
「メメメ、今日は耳栓していないのか?」
周囲の声をシャットダウンできていないとしたらメメメが怖がるのも無理はない。そう思って尋ねたのだがまたも返事はなし。しかし替わりにまた裾がグッと引かれた。
俺の声に反応した、だったらやっぱり耳栓はしていないということか。
それにしてもどういうことだ? まさか自分のライフラインを忘れたとでもいうのか。
疑わしく思っていると、今回のデー……じゃなくて外出計画についてコココさんが送ったメメメ宛のメールを思い出してはっとする。
『嫌だとは思うが、これはお前の対人恐怖症を克服するチャンスでもある』
……可能性は低いと思う。
しかし他に理由は見当たらなかった。
耳栓を忘れたのでは当然ない。としたら自分の対人恐怖症を改善するために意図的にしてこなかったとしか考えられない。
俺の裾をグッ、グッと何度も引き寄せるように握りしめるメメメ。
きっと今のメメメには恐怖が波のように襲ってきているのだろう。俺も結構な人見知りだが、俺とは比にならない苦痛なのに違いない。
そして、俺を頼っている。




