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⑦―3

 

 

 

 コココさんがスマホを操作しはじめる。


「もしこれでメメメがOKしたら、対人恐怖症を改善するチャンスだ。そうすれば青野茜と親しくなれる可能性も上がるし、ゆくゆくは学校の授業を受けたり、休み時間にクラスメイトと談笑したりすることも可能になるだろう」

「そんなうまくいくとは思えませんが」

「うまくいくさ、何といってもお前はメメメの……おっと返事が返ってきたぞ」


 何か意味深なことを言いかけたのでそこを突っ込もうと思ったのだが、「ほら見たことか」とコココさんが差し出したスマホ画面を見て、俺は絶句してしまった。


『わかった』


 読点もなければ漢字変換すらされていないたった四文字だけのメールだったが、間違いなくメメメからの「はい」の返事だった。


「まさかそんなはずは」


 スマホ画面をスクロールしてコココさんが送ったメールの文面を確認する。


『来月末にある企業の中間報告のためにARグラスを付けて外出レポートが必要だ。嫌だとは思うが、これはお前の対人恐怖症を克服するチャンスでもある。運動部の連中が帰省しないそうだから私は行けないが、替わりにお前の助手が連れ添ってくれるそうだ。といっても助手は完全にデート気分でうきうきしているが、まあ許してやってくれ。生まれて初めて女子とどこかに出かけるものだからはしゃいでいるんだ』


「……最初からこういう計画だったんでしょ?」


 恨みを込めた視線をガンガンに向けながら訴えるも、コココさんは平気のへの字を口で形作って素知らぬ顔をした。


「何のことかな?」


 何のことかな、じゃないですよ。あの短時間でこの長文。事前に下書きしていた以外に説明が付かない。


「この文面だったら誰だってイエスと言いますよ。つーかメメメのこの返事、『許してやってくれ』に対する『わかった』なんじゃないですか?」

「かもな。しかしそれがどうした。メメメがお前と出かけるのを了承した事実に変わりはない。違うか?」

「そ、それは……」


 確かに否定できないけど。

 黙ってしまった俺に対してコココさんが「勝った」とドヤ顔をかます。ちくしょう、大人はなんて汚いんだ。中二病だと思われてもいいから汚人と書いて“おとな”と読んでやりたい。


「勝負あったところで、さてメメメはどこに行くのがお望みかな?」


 コココさんが嬉しそうに再びスマホをいじりはじめる。

 もうこの流れは止められないだろう。

 仕方がない。なるようになれだ。


「……最初は近場がいいんじゃないですか? 校庭の周りとか」

「それじゃつまらんだろう。あと直里、青野茜にメールを一本送っておけよ」

「えっ、どうしてですか?」


 まだ何かを企んでいるのですか。まさかのトリプルデート的な? それはちょっとうれしい気がしないでもないが、冒険に出ていきなり二刀流ふりかざすみたいなチートスキルを持っている訳じゃないので若干怖い。


「メールの文面はこうだ。『GWの初日、俺の住んでいる寮に来てくれ。話したいことがある』」

「……コココさん、さっき二股がどうとか言ってたのは何だったんですか?」


 そのメール、どう考えても告白フラグですが。


「馬鹿、お前はメメメとデートだろう。話があるのは私だ」

「えっ、コココさんが青野さんに告白するんですか?」


 ここに来ての百合展開? しかもW巨乳ですか。


「……告白といえば告白だが、お前が期待しているようなことじゃないぞ。青野茜がメメメと友達になれそうか、実際に会って色々と話をしてみたいだけだ」


 たかだか友達一人作るのにどんだけ手回しするんだこの人は。いっそ寮母さんより婚活のマッチングとかした方がいんじゃないか? それより先に自分のマッチング相手を探した方がいいかもしれないですが。

 ……ってダメダメ。こんなこと考えていたら心を読まれてしまう。

頭の中を切り替えるため、円周率×4すなわち四つの巨乳をイメージしていると、コココさんのスマホが震えた。


「おっ、来た来た……ん?」


 画面を見て、コココさんの動きが一瞬止まる。


「いきなりそんな……メメメのやつ、本気か?」


 メメメから送られてきた行先のリクエストがよほど意外だったのだろう。

 それを確かめるかのようにメールを打ち始める。

 そして次に来たメールを見て、コココさんはがくんと顎を下げた。


「あ、あのう、コココさん?」

「……ククク。アーハッハッハッ!」


 コココイズブロークン。なんて思っていると天井の上から「うわっ」という叫び声と共にドスンという音がした。突然の笑い声に寮生がベッドから転げ落ちたようだ。


「ちょっと! みんなに聞こえてますって」

「おっと、すまんすまん……くくく」


 俺に言われて口を押えるも、まだ笑いが止まらないようだ。


「……どんなメールが来たんですか?」


 さすがに気になって尋ねてみたが、コココさんはそれには答えてくれず、替わりに俺の背中をドンと叩いて嬉しそうに言った。


「頑張れよ、この幸せ者!」


 その言葉の意味は全く持って理解不能だったが、メメメの望んだ行先はコココさんを喜ばせるだけの何かがあったのだろう。ぶっきらぼうで決して表情が豊かだとは言えない彼女がこれだけ笑顔なのだから、よほどのことだ。


「……強引にでもメメメを高校に通わせて本当に良かった」


 それは俺に言ったわけじゃない。抑えきれない思いがついこぼれてしまった、そんな言葉だった。

 妹のことが大好きでたまらず、心配でたまらない。そんな姉の横顔はとても美しくて。

 最近、引き気味だったコココさんへの気持ちが再燃しそうだ。


「コココさん、俺……」


 とその時、コココさんが机の引き出しを開けた。

 そして一枚の紙を取り出す。


「きっと三日後にはこの契約書も必要なくなるだろうな。いや、初めからこんなものは必要なかったのかもしれない」


 コココさんの右手が動き、契約書をビリビリと破り割く。半分になったものを重ねてまた破り、半分の半分に。更に重ねて八分の一に。十六分の一。三十二分の一。そしてもうこれ以上破れないほど小さくなると、それを静かにゴミ箱の中に入れた。


「直里。メメメが青野茜と仲良くなれたらGW中に二人でディナーに行こうか」


 その時のコココさんの表情は憑き物が取れたかのようにとても穏やかだった。普段の刺々しさは姿を消し、その微笑みは十代の少女を思わせた。

 メメメに似ている。毎日顔を付き合わせているが、この時初めて俺はそう思った。身長差はあるものの、十年前のコココさんは今のメメメと瓜二つだったはずだ。

 あー、やばい。DOKIDOKIが止まらない。


「い、い、行きます」


 二次元の主人公もうらやむほどの幸せの流れに俺は今乗っている。もちろんそれは声を掛けられただけで「あいつ俺のこと好きなんじゃね」と思い込むのと大差ない、男子高校生の調子乗り勘違いの類なのだが、それでも俺はこの時ばかりは自分のことを勝ち組だと思っちゃったわけなのですカツだけに。

 

 

 

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