⑦ 最終的に時河此処子さんはやっぱりかわいい。(修正ver)
コトン、と軽い音を立てられてテーブルに置かれた皿。
揚げ物の香ばしい匂いが狭い和室に漂ってくる。
『ったくホンット馬鹿だな、我が妹たちよ』
『エヘヘ、いつもありがとね、大好きなお兄ちゃんっ♪』
『……お兄様……好、き』
ふん、『なにが大好きなお兄ちゃんっ』だ。
フィクション爆発しろ。
『……妹なんかに負けてなるものか』
『ん? 何か言ったか?』
『う、ううん! じゃ、じゃあ商ちゃん。日曜日の十時に。家まで迎えに行くね』
『商ちゃん言うな。 ……まあ仕方ない。商店街のためだからな』
『もし起きてなかったら裸エプロンで襲いかかるから☆』
『うっ……それは勘弁してくれ』
なぜ勘弁するんだ? 男なら喜ぶべき場面じゃないか。こいつ草食系か、いやそんなレベルじゃない、ここまで来れば断食系男子という名の方がふさわしかろう。
『お兄ちゃん、私聞いてないんだけど。どうしてその乳でか女とデートするの?』
『……敵と密会、許さな、い』
『妹たち、誤解するな。これは俺たちの商店街を復活させるためであってだな』
誤解してるのは貴様の方だカカロット。幼馴染があれだけ顔を赤らめているのに買い物に付き合うだけだと? お前の目に映る世界に色はないのか。DOG・EYEなのか。逆にGOD・EYEかもしれない。
「直里、飯ができたぞ。先に食え」
コココさんの声に俺は文庫本を閉じて手元に置いた。アニメのハーレム設定にイライラしたせいで、一ページも進んでいない。目で何度たどっても文章が頭に入ってこなかった。
ラブコメのくせにイライラさせやがってと奥行きのあるブラウン管テレビを睨みつける。妹二人と幼馴染に両腕を引っ張られている主人公。お兄ちゃんは私のものだ何言ってんのあたしのものよと綱引き状態だ。いっそ、もう一次元減らして完全にロープになればいいのに。
「おお~、うまそうっ!」
今晩のメニューは豚カツだ。しかもただの豚カツではない、駄菓子屋風豚カツ、それは俺の母親さんの得意料理で俺がリクエストしたものだ。
調理は薄切りのロース肉にパン粉をまぶし、焦げ目が付くまでカリッと揚げるだけ。シンプルにも関わらずこれが超サクサクでめちゃくちゃうまい。ソースをたっぷりかければご飯が無限にいける。
「いただきまーす。サクッ、」
一口噛んだ瞬間、あまりのうまさに悶絶。少年ジャンプの世界観なら「ああ~ん」と服が溶けてなくなるところだ。
母親さんの作るカツのレシピを伝えただけで本家を越えるとは。ライクがラブに進化しましたよ。カツの衣並みにキラキラした目で正面の女性を見つめると、なんだこいつはという目で返された。お手々の不死と不死を合わせて不幸せ。な~む~。
「それにしても毎日カツばかりでよく飽きないな。お前は豚になりたいのか?」
この豚野郎がと蔑むような目で俺を見るコココさんのメニューは焼き魚とカボチャの煮つけだった。ここ最近俺と別メニューのものを食べている。
「太りたいのはやまやまですが、食べても太らない体質なんですよね」
「……ほう」
グサリ、とコココさんの箸が焼き魚の腹部に突き刺さった。あまりの突然の出来事に焼き魚さんも目を丸くした。ってもともと丸いか。
「惰眠を貪るばかりのお前が太らないだと? 日々お前たちの世話で忙しく動き回っている私が最新の注意を払って食事制限をしているというのに」
「ご、ごめんなさい……」
謝りますのでどうか許してください魚にも罪はないのでそれ以上ぐりぐりしないであげてくださいと心の中で祈ったのだが。
ここで女神コココの怒りを更に買う出来事が。
『わっしょ~い☆』
『……いただきます』
アニメの妹二人が爆食いしはじめたのである。
スナック菓子にチョコレート、クッキーにプリン。おやつの山で埋め尽くされた食卓机の前で、妹たちは手を二つも三つも増やし、脂肪の元を口に放り込んでいる。
『お兄ちゃんも食べる~?』
『いらん。というか食べすぎだろ。この後また晩メシがあるんだぞ』
『お菓子は別腹だも~ん♪』
『……もーん』
『ったく太るぞ』
『大丈夫、私たちいくら食べても太らない体質だから☆』
呆れる兄をよそに、ほっぺたをリスのように膨らませる妹たち。
太る太らないの話題の時によりによってこのKYアニメめ。魚くん、ぐちゃぐちゃの粉々にされちゃうじゃないか。
と、気が気でなかった俺だったのだが、意外にもコココさんは怒っていないようだった。箸を持つ手を止め、アンパンマンを見る子どものように没頭している。
「いくら食べても太らない……直里、ひょっとしてお前、二次元出身か?」
テレビ画面から目を離さずにコココさんが言った。
声のトーンからして、ジョークで尋ねているわけではないようだ。
真実はもちろんノーだが、ここでイエスと答えるのも流れ的には面白そう。
世界にリセットボタンがあるのなら試してみたかったな。
「いいえ」
リセットボタンもオートセーブ機能もないリアルライフでは最悪のパターンを避けるのが定石なのでね。ということで真実の方を選択した。
しかし、ここでまさかのアゲイン。
「いや二次元出身だろ?」
もしかしてこれはアレか? 『我が娘を魔物の手から取り返してきてくれぬか?』という王の依頼に『はい』と答えるまで同じ質問がエンドレスで繰り返される的なやつなのか? 選択肢は与えられていながら、事実上選択肢は一つしかない。『いいえ』を選ぶ限り、ストーリーが進まないというやつ。
ならばここは勇気をもって『はい』を選ぶべきだろうか。
いや、しかし待てよ。
レアケースだが『三回選べば受け入れてくれる』というパターンの可能性もあるよね。
もう一度だけ、『いいえ』を選択してみるか。
「……まさか本当に二次元出身者じゃないのか?」
「いいえ――――あっ!」
しまった!
「ふっ、やはりそうか」
罠にかかった俺を見てコココさんがニヤリとする。
「なるほどな。お前が二次元出身ならば、そのふざけた体質も納得がいく」
「納得しないでくださいよ、俺は普通の地球人ですって。むしろサイコメトラーなコココさんの方こそ異世界出身なんじゃないですか」
「ゲーム脳のお前の考えを読む程度、何ということもない。魚の骨を取るよりも容易いことだ」
「とにかく俺は二次元出身じゃないっす。ほら、この豚カツと違ってちゃんと厚みがあるじゃないですか?」
「そんなうすい胸板で言われても説得力がないな」
「う、うるさいやいっ!」
異性かつ胸バスケットボールのコココさんに言われると一発で赤ゲージになるので勘弁して下さい。これでも結構コンプレックスなんだぞ。
「直里の肉体が三次元生物なのは分かっているよ。だがそれゆえに二次元出身だと言われて喜ばないのはなぜだ? 嬉しくないのか?」
「それはコココさん限定の価値観です……」
俺はそう言ってカツの一番端っこの部分をつまんで口に放った。
当然うまいのだが、それ以上にカツの薄さが自分の胸板の薄さと重なってしまい気持ちが萎える。カレーの時にアレの話をされた気分だった。
「コココさん、マジでアニメ好きですよね?」
呆れ半分に言ったのだが、コココさんは単に尋ねられたのだと思ったらしく、さも不思議そうな表情を浮かべた。
「ん、可愛い美少女のことを好きにならない人間がこの世の中にいるのか?」
可愛い少女は好きですか? そう尋ねられれば否定はしない。しかしですね、世の中には超えてはならない一線、いや一次元というものがあると思う。
「シン……プルセルのコココさんに聞いた俺が間違いでした」
「おい、私が単細胞だとでも言いたいのか?」
「……い、いやっ、そういうわけじゃ」




