⑥―2
いや謝られても。俺も勝手に使ってるだけだし。
「……で何をしてたんだ? 誰かと話している様子だったようだけど」
「あっ、はい……そうですね。ええともし良かったら引かないでくれるとありがたいデスガッ」
「お、おう。任せとけ」
「ありがとうございマスッ」
嬉しそうにぺこりと頭を下げる青野さん。
「ではお教えしますが」
「あのさー、同じ一年同士なんだから敬語じゃなくていいっすよ?」
「…………」
俺の言葉に青野さんはきょとんとする。
すっげー瞬きしてるし。お前だけ早送り再生中か。時を操るの得意すぎだろ。
「えっと、どうした?」
「私だけ敬語なし? 直里君は?」
「俺? どういう意味だ?」
「だって“敬語じゃなくていいっすよ”って……」
ああ、そういうことね。
お前にタメ口きかせて俺だけ敬語使うのを不思議に思ったのね。
別に敬語のつもりじゃなかったんだけどな。
意外と細かいところを気にする性格なのか。
「分かった。俺も百パーセントタメ語でしゃべるから。青野さんも敬語使わなくていい」
「ホント? 良かった。じゃあ普通に喋らせていただきますね♪ 真也くんっ♪」
さてここでクエスチョン。
青野さんはど天然である、○か×か。
正解は◎である。
ということでこれ以上ツッコんでも無駄なのでやめます。
「えっと実は私、この子とお話をしていたのデス」
そう言って恥ずかしそうに差し出したのはさっきのウサギのパペットだった。
うん、驚かないぜ、俺は。
何となくだけどそんな気がしてたし。
「な、なるほどな」
逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。
ドン引こうとする心を必死に押さえながら、笑顔を作る。
こら、痙攣するな目尻。唇も引きつるんじゃない。
「へ、変かな?」
尋ねると同時に、青のかっぽう着姿のウサギパペットが首を傾げた。
ヘンダー―――――、イヤ――、マイオゥルウェイズ、ラァビュウウウウウ。
とホイットニーヒューストン(のカバーした曲)の替え歌が脳内ミュージックで再生開始。
「変だよね……」
「いやっ! そ、そんなことはないぞっ!」
しゅんとする青野さんの姿に動揺して手を横に振って否定する。
「好きなことって人それぞれなんで……だから別にそれとしゃべる趣味があったって俺は変だとは思わないけど」
「……ア、アリガトゴザイマス」
青野さんが顔をパペットで隠しながら言った。照れ屋の性格なのか、また耳が赤くなっている。といってもなぜ礼を言われたのかは不明だが。
「実はうさのんはね、私の大事なお友達なんだ」
「うさのんって、そのパペットの名前か?」
「パペットじゃないよっ! 私とお話をしてくれる大事な大事なお友達」
「いや、でも手で動かしてるんだろ。それ」
「ち、違いマスッ!」
こら、大きい声出すなって。いちおー授業中だぞ。
「……直里君になら話してもいいかな」
ぎゅっと両手に力を入れて、青野さんがつぶやく。
ゴクリ、と唾を呑む音が俺の耳まで届きそうだった。
俺も唾を呑みながら、『直里君になら』という言葉を脳内メモに丸文字で刻みつけると、その記憶の引き出しに鍵をかけました。そういえば脳内記憶ってDNA認証をも凌駕する完全セキュリティーだよな。自分から口を割らない限り、絶対秘密が漏れない。
だからだろうか。高スペックな記憶力の持ち主すなわち優等生こそ秘密が多いのは。
青野さんもちょとおかしいところはあるが、たぶん頭いいのだろうし、だからこそ人には言えない秘密でもあるのだろう。
なんて流れから勝手に自己解釈しはじめる俺の癖も秘密です。コココさんには勘付かれている気がしないでもないが。
「……座って」
緊張気味の声で青野さんは俺をソファに座らせ、彼女も隣に浅く腰かけた。胸に手を当て、はーふーと深呼吸をする。この状況だけを切り取ってしまえば、完全に告白シーンなんだが、そうはならないことは分かっている。
しかし、『直里君になら』という彼女の発言のせいで、「これは彼女の秘密を共有して友達以上恋人未満になるシーンすなわち恋愛フラグなんじゃね?」と思ってしまう自分もいるのだ。
あーあ、でも本当にそうだったら……という未来を脳内の妄想リアリティ技術が映像化しはじめる、がその前に青野さんが右手にはめたウサギのパペットうさのんを俺に向けた。
「俺様の名はウサギーノ・トランペット。普段は茜の心の中に潜んでいる存在さ」
しゅっしゅっと戦隊モノみたいな登場ポーズと取るうさのん。
まるで風邪を引いたような声だったが、もちろん青野さんが言っている。
「まさか茜が自分以外の人間を俺と引き合わせるとは驚いたぜ。ひょっとして茜のやつ、お前のことが……えっ、何だって……?」
うさのんが青野さんの口元により、何やら話を聞いている。
「余計なことを言うなって? ちぇっ、素直になれないお前のためにせっかく手助けしてやろうと思ったのによ……それも余計なお世話だと? ったく俺にだけは当たりが強いんだから」
やれやれと呆れたようにうさのんが首を振る。
セリフにぴったりと合った細かいしぐさ。まるで本当に生きているかのようだ。一人芝居というのにこの高い表現力、セサミストリートのあの黄色い顔も真っ青に違いない。
しかし残念。NHKの子ども番組を楽しめる年齢はとっくに終わっている。
つまり早くこの場から離れたかった。




