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⑤-4

 

 

 

「ん? 何で?」


 突然の俺の問いかけに、メメメは意外そうに目を丸めた。

 そりゃそうか、ラボで昼寝ばっかりしていた俺が急に手伝うなんて言い出したんだもんな。


「いやどうせ暇だし。それに俺、一応メメメの助手だろ。それなりに何かやっとかないとそろそろコココさんに色々うるさく言われそうだしさ~」

「……」


 本心を確かめるかのように俺を見つめる紅い瞳。怪しまれていることこの上ないが、かといって本人を目の前にしてお前を外に出られるようにしてやるなんて言えるほど俺はイケメンキャラではない。


「な、何だよ。俺だと役立たずだとでも言いたいのか?」

「それも少し言いたいかも」

「こ、こいつ」

「……まーいーや。とりあえずレポート書いて」


 メメメはメガネを外すと大学ノートと合わせて俺に差し出した。

 

「レポートってARグラスの?」

「そ」

 

 とだけ言って、いつもの黒縁をかける。

 

「いっぱい人がいて、いっぱい人がしゃべる環境……やっぱり授業中がいい。その時の感想とか、不具合がないかとかをメモして提出」

「……そんなのでいいのか」

「それ以外にできることある? ああ、あとパン買ってきて」


 だからそれは助手じゃなくてパシリだって。

 っていうかレポートも考えてみたらすんごく面倒くさいぞ。必然的に授業に出ないといけなくなるし。 二、三時限ぐらいなら今も出てるけどさ。

 

「まあいい。パシリは断るがレポートはやってやる」

「……うん」

 

 大人しく頷くメメメ。てっきりパシリもやれと言うかと思ったのに、なんだか調子が狂うな。

 

「直里、あっ」

「あっ? って何だ?」

「……あっ、ありが……」

 

 蟻がどうかしたのか? なんて二次元の主人公だったらきっとそう勘違いするのだろうが。残念ながらここは三次元。

 熟した果実のようにほっぺたを染め、涙目になっているメメメが何を言おうとしているのかなんてすぐに分かった。

 

「メメメ、お前の気持ちは分かってるぞ」

「えっ?」

「……悲しくてやりきれないよな。モハメド・アリが死んでしまったなんて」

「……え?」

「何だよ知らない振りをして。蝶のように舞い蜂のように刺すボクサー。でも名前はアリ。モハメド・アリの話をしたかったんだろう?」

「そ、そう! うん、私が言いたかったのはもはめどありがいなくなってとっても悲しいってこと!」

「やっぱりな……」

 

 そーそー、それでいい。メメメが俺にありがとうなんて異常事態過ぎて雪が降る。

 

「あっ、あとテスターレポートは企業にも提出する大事なものだから。サボっちゃダメだぞ、タヌキ」

「ふっ、俺はもうサボっている」

 

 ケンシロウばりに渋い顔をして答えると、メメメは肺活量越え間違いなしの深い深い溜息を畳に落としたが、やがて呆れを通り越したのだろう、声を押し殺して笑いだした。

 

「おい、その笑い方失礼だろ」

「くくくっ……直里ってしょっちゅうムカつくけど極たまにおもしろい」

「俺は売れない芸人かよ」

「おおっ、確かに“売れない芸人”っぽい」

「“ない”の方を強調するな。とあるバラエティ番組でやってる芸人の括り方みたいで嫌だ」

「そっか……じゃあサボり芸人?」

「いやそもそも芸人じゃないし」

「だったら、ぼっち高校生」

「それはお前もだ」

「あっ、そうか。くっそー」

 

 他愛のない会話だったが、そこに流れる空気は不思議と心地よかった。

 お互いコミュ障とは思えない、自然な会話のキャッチボール。

 外出先でこんな会話を交わしていたら、周囲の人たちは俺たちをどこにでもいる普通の高校生だと思うだろう。

 下手すりゃカップルだと勘違いされる可能性だってある。

 いや、別にそれを望んでいるわけじゃないよ?

 ただそう思われても仕方ないなと思えるぐらい、この時の俺たちの会話は弾んだのだ。

 少なくとも、ずっと前から二人は知り合っていたんじゃないかとそう錯覚してしまえるぐらいに。


「なあ、メメメ?」

「ん?」


 恋愛フラグよりまずは異性の友達。

 拾ってくれと言わんばかりの友人フラグに向かって、俺は一歩踏み出した。


「ぼっちがいやならまあ俺がお前の友達に」

「友達はイヤ」

 

 ……一刀両断。

 そして拒絶の言葉を体現するかのようにメメメの踵が俺の足を踏みつけた。全身に電流が駆け巡るかのような衝撃に思わず飛び上がる。


「お前、さっきと同じ部分を二度も……」

「ふんっ、助手の分際で身分を弁えない発言をしようとした罰。いい気味」


 こすこすこすあーもーこのガキマジうぜーこすこすこす。

 痛みを散らすために足をこすっていると、目の前にメメメが立ちはだかった。


「ふっふー。タヌキが私にかしずくこの感じ。悪くない」

「ふん、チビのくせに」

「あっ。今、チビッて言った。私のこと、チビッて。人のコンプレックスに刺さる発言を躊躇なくグサッとかマジであり得ないし」

「うるせー、ちびっ子」

「わわわっ。チビに子まで付けた! グサッどころじゃない。グサ&グサッのやつ! 許せないっ」

 

 メメメは小動物の機敏さで押入れの前まで移動し、見たことのない機械を拾い上げた。


「あの……ナンデスカソレ?」


 その形は掃除機に似ていた。

 しかし先端にクワガタのような極太アームが伸びていて、がしんがしんぎゅるるるると何かをつかむような動きをしながら回転している。

 

「ふっふー。昔、お姉ちゃんのために作った次元圧縮装置、“エンブリオ”」

「何だよ、その二次元の最強武器みたいな名前。怖すぎるんですけど」

「これで直里を頭部はそのまま、身体だけ縦に圧縮して三頭身化する…………成功すれば」

「いや普通に死ぬだろ」

「チビと言われた私の心の傷を思い知るのだ。そんでその後、四コママンガの世界に送りつけてやる。あっ、ちなみに使うのは初めてだから失敗したら……あれ?」


 天は我を救いたまへり。

 一分も経たず、極太アームの動きが止まり、そして動かなくなった。


「……ちっ、充電しておけばよかった。私としたことが」

「ふぅ死ぬところだったぜ……っておい! それ包丁!」

「仕方がないから切り刻んで再構成する。安心して。私、分解も得意だから♪」


 押入れの中から取り出した銀色のそれがメメメの笑顔の横で光る。

 黒髪メガネと包丁はごはんにお味噌汁ぐらい相性がぴったりだとかそんな気付きはどうでもいい。

俺の命が危ない。

 

「ふっふっふー、目には目を。グサにはグサを」

 

 こいつ、どこまで冗談でどこまで本気なんだ? 正気と狂気の境界線が全くもって見えませんよ。

 そんなクレイジーな相手に対して、丸腰の俺が打てる手は一つだけ。

 逃げる。

 そして俺は「あははー、パン買ってくるねー」と言って即身をひるがえし、ラボから緊急脱出した。

 

 

 

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